田中裕明『花間一壺』を読む

柳元佑太

田中裕明の第2句集『花間一壺』(牧羊社、1985)という句集はぼくのバイブルである。自分の来し方を照らしてきた書物をあげよと問われればあやまたずこれを挙げるし、そのような書物を自分が比較的若いうちに一冊持てたということがたまらなく嬉しい。『花間一壺』からスタートし、『花間一壺』を信じ(或いは疑うことで)ぼくは句を書いてきたといっても過言ではないから、『花間一壺』を読み直すということは、自分の変化を見ることに他ならない。

とはいえ自分語りをしてもせんないので、『花間一壺』の話をしよう。これは1983年の角川俳句賞受賞作を含む、おおよそ20歳から26歳までの句が収められた田中裕明の第2句集である。集名は李白の「月下独酌」という五言詩の1行目、「花間一壺酒」から採られている。

花間一壺酒(花間一壺の酒、)
独酌無相親(独り酌んで相親しむ無し。)
挙杯邀明月(杯を挙げて明月を邀え、)
対影成三人(影に対して三人となる。)
月既不解飲(月既に飲むを解せず、)
影徒随我身(影徒らに我が身に随う。)
暫伴月将影(暫く月と影とを伴い、)
行楽須及春(行楽須らく春に及ぶべし。)
我歌月徘徊(我歌えば月徘徊し、)
我舞影零乱(我舞えば影零乱す。)
醒時同交歓(醒むる時は同に交歓し、)
酔後各分散(酔うて後は各々分散す。)
永結無情遊(永く無情の遊を結び、)
相期邈雲漢(相期す邈かなる雲漢に。)

漢詩の内容は、花の間で壺酒を抱き、ひとり呑まんというもので、付き合ってくれるものは自分の影法師と月のみ、しかしそれもまた良いだろう、というものである(疫病下の現在の模範的飲酒態度と言わざるを得ない)。漢詩における花は桜ではないと習ったことがあるけれども、それに従えばここにおける花は、梅か桃かあるいは李かといったところだろう。とにかく夜の花を眺めながらひとりでの酒盛りである。この集名は、素晴らしく裕明に似つかわしいと思う。

というのも、この句集に収められている一句一句それぞれに分有量の差はあれ、どこか孤独のおもかげがあって(それは芭蕉や西行に似た旅人だったり、ひとり美術館で絵を鑑賞する人だったりするのだが)、その孤独のかけらをきちんと集名で纏めあげて、明るく肯定してくれている。だから、素晴らしいのである。しかしそれは決して俗世を捨てる高踏的な生き方だったり一匹狼的な生き方だったりではなくて、友人や恋人と生活するなかでこそ際立つような、いわば生きていくことそのものの孤独、明るい孤独を描き出すことへの志向である。そしてここに、dilettante的な、古典への耽溺という少しくの調味料が加わって、『花間一壺』の世界となる。この世界を前にして読者は、裕明に倣って、ひとりで、静かに、したたかに酔えばよいのである。

さてここで、読者が独りで酔わねばならないことを考えれば、一句ごとに拙い鑑賞を添えるのは野暮な行為である気がしてくる。取り立てて好きな句を(といっても絞りきれず60句ほど)書き抜くので、読者は裕明世界に、気ままに滞在するのが良いと思う。裕明の句の中でついつい長居し過ぎてしまうのはぼくだけではないだろうから。眼差しの圧迫も、季題の専制もそこにはなくて、いつの間にか倍の速度で過ぎ去ってゆく時間の流れを、あるいは時間の逆行を、音楽を聴くようにして、昼から夜に、あるいは夜から昼に、心地よさに身を投げ出せばよいのだ。ぼくはここで筆をおこう。

花間一壺60句抄(柳元佑太選)

なんとなく子規忌は蚊遣香を炊き
川むかうみどりにお茶の花の雨
咳の子に籾山たかくなりにけり
いつまでも白魚の波古宿の夜
春立つやただ一枚のゴツホの繪

夕東風につれだちてくる佛師達
まつさきに起きだして草芳しき
引鴨や大きな傘のあふられて
遠きたよりにはくれんの開ききる
天道蟲宵の電車の明るくて

この旅も半ばは雨の夏雲雀
きらきらと葬後の闇の桑いちご
逢ふときはいつも雨なる靑胡桃
桐一葉入江かはらず寺はなく
雪舟は多くのこらず秋螢

悉く全集にあり衣被
野分雲悼みてことばうつくしく
蟬とぶを見てむらさきを思ふかな
穴惑ばらの刺繡を身につけて
好きな繪の賣れずにあれば草紅葉

いづれかはかの學僧のしぐれ傘
しげく逢はば飽かむ餘寒の軒しづく
いちにちをあるきどほしの初櫻
げんげ田といふほどもなく渚かな
雨安居大きな鳥が松のうへ

筍を抱へてあれば池に雨
大き鳥さみだれうををくはへ飛ぶ
降りつづく京に何用夏柳
思ひ出せぬ川のなまへに藻刈舟
約束の繪を見にきたる草いきれ

のうぜんの花のかるさに賴みごと
深酒とおもふ柳の散る夜は
ただ長くあり晚秋のくらみみち
春晝の壺盜人の醉うてゐる
草いきれさめず童子は降りてこず

二月繪を見にゆく旅の鷗かな
あゆみきし涅槃の雪のくらさかな 
向日葵に萬年筆をくはへしまま
葡萄いろの空とおもひし貝割菜
宿の子の寢そべる秋の積木かな

ほうとなく夕暮鳥に菜を懸けし
菜の花をたくさん剪つて潮の香す
うすものや渚あるきのよべのこと
見えてゐる水の音を聽く實梅かな
花茣蓙にひとのはかなくなりにけり

天の川間遠き文となりにけり
さだまらぬ旅のゆくへに盆の波
菌山あるききのふの鶴のゆめ
はつなつの手紙をひらく楓樹下
銳きものを恐るる病ひ更衣

暑き日の婚儀はじまるつばくらめ
白晝の夢のなかばに鮎とんで
昔より竹林夏の一返信
落鮎や浴衣の帶の黃を好み
渚にて金澤のこと菊のこと

橙が壁へころがりゆきとまる
梅雨といへどもつららのひかりながむれば
朋友に晝寢蒲團を用意せり
なしとも言へず冬草にまろびけり
いまごろの冬の田を見にくるものか

金蠅も銀蠅も来よ鬱頭 飯島晴子

所収:『八頭』永田書房 1985

画数の多くずっしりとした印象を与える2字熟語が3つ連なることで、重たい印象を受ける1句。その印象は「鬱」をテーマとしたこの句の内容とも通じている。

「鬱」というのは心の状態を表す言葉であるが(うつ病ならば単に心の問題ではない)、「鬱頭」という熟語になると、頭という身体が見えてくる。だからこそ、この句における「金蠅」と「銀蠅」は「鬱」のメタファーとして機能しているだけでなく、本当に生身の蠅が生身の頭にやって来るような、そんなグロテスクさを醸している。

一方で、金と銀の並列によって、そこに美が生まれることもまた事実であり、鬱という現象の様々な面を捉える1句であると言えるだろう。

記:吉川

目の玉の断面図炉の断面図 鴇田智哉

所収:『エレメンツ』素粒社、2020

 断面という単語を用いた句はよくあるものの、ここまで「断面図」というモノのパワーで圧しているものはそうそう見ない。目玉の断面図と、炉の断面図が、一句の中に並べられる。断面図という共通点をもって、目玉と炉が一気に繋がっていく。

 断面図というと、その対象を線的に、機械的に捉えて、二次元に表したものである。それは単なる図面であるとともに、普段見えない内部の構造を露わにしたり、強引に平面にして表したりする、ある意味グロテスクな側面も持っている。「目の玉の」という言い方からして、この句はそういうグロテスクさを引っ張ってこようとしているのが伺える。

 取り合わせ、という技法が俳句にはあるが、それは異なる要素や景色や物語が同じ場所に居合わせられる、同居させられることで生まれる奇跡を目的としている。それが美しさであったり、(読者にとっての)(また作者にとっての)気持ち良さであったりを作り出す。
 掲句からは、二つのものが同じ場所に居合わせる・居合わせられることのグロテスクさを思わされる。本当に目の前にこの二つの断面図が「偶然」あったのかもしれないが、この二つが並ぶのは、ふつうなら何らかの意図が働いているだろう。それは作者の鴇田のレベルで起きたのかもしれないし、句の主体がこの句を作り上げるために「手伝って」カルテのように目の断面図と炉の断面図を同じ机の上に持ってきたのかもしれない。奇跡のように居合わせた二つの断面図の怖さとともに、そのような奇跡を演出したこと(いかようにも人間は演出することができるということ自体)への怖さもある。

 偶然この二つが並んだということよりも、この二つを並べたその意図を強く汲んで、この句に政治的なメッセージを読み取ることも可能であろう。目の玉と炉。

 簡単なようで、複雑な目と炉の断面図。この二つが並んだ一句の奇跡的な暗い輝きについて、読者として、いち作者として、現代社会に属する一人として、考え続けている。

記:丸田

ああ数えきれない数のドア過ぎてわが家のドアにいま手をかける 小島なお

所収:『サリンジャーは死んでしまった』角川書店、2011

 ドアに手をかけようとして、今まで通ってきたドアのことを思い出すという、ありそうでなかなか見ない発想の歌。人生の節目節目で、ああもうこんな遠いところまで自分は来てしまったのかと思うことはよくあり、「数えきれない数のドア過ぎて」は色々つらいことがあったけどここまで来た、くらいに意訳(?)は出来る。が、ドアを目の前にしてドアを思い出すというのはなんだか不思議な思い出し方な気がして、そういう単純に昔を回顧しているのとは違う印象がある。

「数えきれない数のドア」に、仕事で疲れた日とか、親が死んだ日とか、めちゃくちゃ楽しかった日とか、実家のドアとか、友達の家のドアとか、元恋人の家のドアとか、色んな日々・ドアが想像される。引越しのタイミングで、この町にもお世話になったなあ、色んな思い出があるなあと思い返すような感覚が、我が家のドアを開けるという何気ない瞬間に訪れた。その些細な一瞬に今までの記憶が一気に流れ込んできて、溢れそうなくらい感情で一杯になっているのが、「ああ」から伝わってくる。

 この歌の上の句が、たとえば「辛いことも楽しいこともあったなあ」だったら、ふつうの歌になってしまっていた。それ以上こちらが思い浮かべることは無く、ただ思い出している主体を想像するに終わっていた。
 ドアを開ける瞬間に今までのドアを思い出す。この若干おかしな想起の仕方によって、要素が一気に絞られて、読者はドアのことばかりを想像することになる。今までのドア、主体、我が家のドア、手。ドアという物の重要性がぐっと上がって、「いま手をかける」の映像の臨場感も上がった。

 関係のないことだが、数えきれないくらいの他人の短歌を読んできて、いま自分は自分の短歌を作ろうとしている。そこには、他人の短歌へのリスペクトがあり、向こうから影響されたりする。
 この歌の主体がただ過ぎてきただけのドアだが、かつての色んなドアと、今目の前の我が家のドアが、ドア同士で何か影響し合っているのではと思ってしまう。ドアとドアがあるだけなのに、かつてのドアがあったから今のドアがあるという、変なドア同士のつながりがうっすら見えてくる可笑しさも、この歌は持っている。

 最後にもう一つこの歌の面白さに触れる。これがドアではなく「大会」であった場合を考えてほしい。色んな大会を経て、この大きな大会に到れた、というふうに。スポーツプレイヤーが努力の果てに、より大きな舞台に上がることが出来たと。このとき、今の大会に辿り着いたのは今までの大会での努力や成果による。今までの大会が、自分の中に経験値として蓄積しているわけである。
 そこで「ドア」を考えると、別にどれだけドアを開けてこようが、今のドアを開ける技術に何のプラスもない。ドアをただ「過ぎ」るのに、今までの数えきれないくらいのドアは別に必要はないわけである。小さな大会で慣れておいて大きな大会、とは違って、今までのドアを開けてきたからこそ、このドアを開けることが出来るということは特に無いわけである。(開くのがよほど難しいドアとか、開け方にコツがいるドアとかなら話は変わるが、わが家にそんな変なドアは作らないだろう)
 それでもこの歌がなんとなく大会みたいに見えてしまうのは、過去の自分があるからこそ今の自分があるという過去ー未来の時間の連続性であったり、「ドア」というものからくる希望的なイメージ(開いて新しい場所へ進む、日々の安心の住処に帰ってくる、など)であったりを、過剰に思い浮かべてしまうからである。
 ドアに要素を絞ることによって、別に暗喩として書いていなくても読者は深い暗喩のように読み過ぎてしまう、シンプルなようでさらっと大量に想像させる巧い一首であると思う。

記:丸田

雪解くる道は療養所を出でゆく 石田波郷

所収:『臥像』(新甲鳥 1954)

療養所には門が二つあった。福永武彦は『草の花』で「正門から出て行くか裏門から出て行くか、――このサナトリウムに病を養う七百人の患者にとって、出て行く道は常にこの二つしかなかった。多くの者は正門から出た、そして幾人かは裏門から出た。私は鎖された裏門に手を掛ける度に、暗い憤りを禁じ得なかった」と記している。作中では東京郊外K村のサナトリウムとなっているが、清瀬の東京病院とみて問題ないだろう。福永と同時期に、波郷が入院していたこともある。

雪が解けることによって露わになる道、この道は生に続いている道なのか、死に向かう道なのか、一句から明確に読み取ることは出来ない。道に横溢する明るさは、妖しくきらめいて波郷を死へ誘うようでもあり、素直に春らしく生命を称えているようでもある。

福永武彦の日記が2012年に新潮社より出版されている。1949年2月8日の記述に「夕食後六番室に石田波郷さんを見舞ふ。俳人。二次成形後尚ガフキイが出るとのこと。一日も早く家庭に帰ることを目的としてゐるから気分にあせりがある。僕のやうにボヘミアンの気持に徹せざるを得ない者には、今日寝る場所が終の棲なのだが」終の棲とは、二人のあいだで一茶の話でもあったのだろうか。

福永の日記から波郷の眼は家庭に帰ること、生き続けることに強く向いていたと分る。波郷はその焦りのためか、外の世界まで自由に続いている「道」と、いつまでも療養所にいなくてはならない自分とを比較してしまう。雪解くるという上五には、一面雪だった冬が過ぎてもなお……という波郷の失望が込められているようにも感じる。ただ、冬が結核患者に厳しい季節だったことを踏まえると、冬を乗り越えた今、いずれ自分もあの道のように療養所を出てゆくのだという希望にも取れる。心のうちの明暗入り混じった句だろう。

記 平野

遠くにあるたのしいことの気配だけ押し寄せてきてねむれない夜 永井祐

所収: 所収:『広い世界と2や8や7』左右社 2020

遠足や修学旅行の前日、ワクワクして眠れなかった、というのはもはや定型文。だけどこの歌で書かれていることはそれとは違う。

遠足や修学旅行と先ほど書いたけれど、この歌における「たのしいこと」がそれとは限らないだろう。「遠く」にあり、「気配」でしかなく、「押し寄せて」くる(私は押し寄せる、という表現から1番最初に波を思う)もの。例えば、「春」という季節だとか、そういうものを私は想像したい。
何にせよ、この歌における「たのしいこと」はあまりにもぼんやりしている。しかし、予感というのはぼんやりとしているもので、そこに感覚としてのリアリティーを感じる。

遠足や修学旅行の定型文と違うもう1つの点は、高揚感というものが主体の中に存在するものではない、ということだ。この歌の「たのしいこと」はあくまでも気配として主体に「押し寄せて」くるのみであって、その主体の中から高揚感は生まれたものではない。なんなら、上6の醸すゆるやかな雰囲気もあいまって、この主体は「たのしいこと」の「気配」の中で淋しさを感じているような気さえしてしまう。

「ねむれない夜」に至るには、ねむれない理由、物語が書かれるものだけれど、この歌が書くのは感覚であり、それこそがJ-POPの歌詞でも多用される「ねむれない夜」というありきたりなフレーズの新たな面を描き出しているように思う。

水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って 笹井宏之

『ひとさらい』 書肆侃侃房(2008年)

よくよく考えなくても、なぜ「真冬」なのに「水田を歩む」なのかと思うところ。「譜面を追って」いたら季節が巡って夏になったと読むことは可能だが、この歌の物語性の薄さに則ると、そういうストーリーにあまり寄りかからずに読みたい(これは私の好みの問題だが)。

クリアファイルの反射する光、そこから冬の日差しの中で散る譜面、そして水田の反射する光、とこの歌では淡い光が羅列され、そこに仄かに「追う」主体の姿が浮かんでくる。鑑賞者自ら「追う」主体として、物語や意味に担保される以前の淡い光そのものが持つ抒情を楽しむべきな気がしている。

記:吉川

セロテープカッター付きのやつを買う 生きてることで盛り上がりたい 永井祐

所収:『広い世界と2や8や7』左右社、2020

制服にセロハンテープを光らせて(驟雨)いつまで私、わらうの/山崎聡子
あめいろの空をはがれてゆく雲にかすかに匂うセロファンテープ/笹井宏之
疲れっぱなしの下半期 百均の幅の小さいセロハンテープ/武田穂佳
自分はこれからもっと悪くなる 見なくてもわかる 幅の小さいセロハンテープ/同

 セロハンテープといってぱっと思い出す歌を並べてみた。その透明さからくる素敵な雰囲気が詩的に昇華されていくものもあれば、生活圏内で多用する道具としての一面が濃く出ているものもある。

 永井の歌は、どちらかというと生活の中の一道具としてのセロハンテープ感が強く出ている。「カッター付き」であることで一気にストレスフリーになるセロハンテープ。もし詩的なものとして「セロテープ」を見つめるなら、カッターがついていようがついていなかろうがさほど関係ないだろう。「付きのやつ」という言い方からも、より便利なものだとなんとなく捉えられているだけで、それ以上のものは見られていないように思う。
 この、ふつうセロハンテープといえば思い浮かんでしまうような透明な素敵さを、ほぼ無視して道具として押し出すことが、逆に詩的に感じられてくる。

 下の句では、「生きてること」自体の素晴らしさで「盛り上がりたい」と言う。たしかに、生きつづけていること、生きられているということは常に奇跡の上で成り立っている。生きて、社会の中で動いて、忙しく色んな事を考えていると、つい生きていること自体の奇跡を忘れてしまう。改めて生きれていることで盛り上がりたい、という主体の気持がとても分かる。
 ここで面白いのは、その感覚が生じたきっかけが、カッター付きのセロテープを買ったという点である。見過ごして忘れてしまうようななんてことのない幸福、というのを、そんな小さな道具が引き出しているというのが面白く、感動的である。ここで、うつくしいセロハンテープの透明さが、主体に人生まで透かして見せて、こう感じるに至ったなどと無理矢理詩的に解釈していくことも可能ではあるが、ここではそれはしない。セロハンテープを詩的な要素として使っているから良くなっているのではなく、敢えて道具的な側面を言うことでそんな道具から考えたのかと思わせ、飛躍自体の詩的さを全体で増幅している点が優れているのである。

 実際この歌は、いち道具から思考が飛び過ぎているのに、さほど違和感なく受け入れられるのは、それくらい思考というものは常日頃からぶっとんでいるんだということが、無意識のうちに分かっているからなのかもしれない。上の句と下の句というテンプレートを持つ短歌は、その形からして、そういう生活上の思考の飛躍を記すのにはぴったりな形なのだろうと、永井祐の歌を見て改めて思う。

 とだいたいこの歌に関してはそういう把握(小さい道具に端を発して、生きていること自体の嬉しさに目を向けたという歌)だが、最後の「盛り上がりたい」には若干アクというか、すっと飲み下せない何かがあるように思う。
 この「盛り上がりたい」を、テンションの高いクラブでのダンスや、友達と集まってするパーティーのようなものとして考えると、急にみんなを巻き込んでいるのが気になる。生きてることを「みんなで」盛り上がりたい、となると、そこに事情を見てしまう。何もかもみんなと感情を共有したいという若者的な感覚なのか、みんな生きてることの奇跡を忘れてしまっている、そうさせられてしまうような忙しく圧をかける社会があると非難する意図があるのか。
 「盛り上がりたい」をひとりの、自分自身内で完結する感情と考えると、「たい」が気になる。~したい、という言い方は、その時点ではそれが叶っていないことを意味する。空を飛びたい、と言えば、今は空を飛んでいない。ご飯を食べたいと言えば、今はご飯を食べていない空腹な最中だと考えられる。「盛り上がりたい」とは、今、またそれまでは生きてることだけでは盛り上がれていなかったことを意味する。ここでも、生きてること自体の大切さを忘れさせてしまっていた原因をいろいろ想像してしまう。
 カッター付きセロハンテープから、「生きてることで盛り上がりたい」と思えた、その思えたということに希望を見たいが、主体は果たして今後生きてることで盛り上がり続けることは出来るのだろうか。買った一分後には、そんなこと言ってもやっぱりそれだけじゃやってられないよね、と熱が冷めてしまうかもしれない。
 この歌に、生きてることで盛り上がるぞ~と嬉しくなっている主体を見るのか、生きていることだけでは正直盛り上がれないと分かっていて寂しくもそう言っている主体を想像するのか、私/みんなが生きていることだけで盛り上がれるような世界になればいいのにと祈りに近い感情を抱いている主体を想像するのか。はっきり見えるようで、見えない、まさにセロハンテープの歌だなあと思ってしまう。 

記:丸田

螢籠一夜明くれば乾きゐて 宗田安正

所収:『個室』(深夜叢書社 1985)

橋本多佳子の〈螢籠昏ければ揺り炎えたゝす〉が下敷きにあるとして、情念が燃え上がるような多佳子の句に比べると、いかにドライな目線をもっていることか。最後の力を振り絞って燃えたあとの、抜け殻、燃えて、燃え尽くして、それでおしまい、そんな螢をあざ笑うみたいに、ことごとく我が事から引き離し、心も乾き、ニヒルな笑みを浮べ、そんな自分をさらに他人として眺め、燃えていた時間をばからしく思う。ゐて、と突き放す、若かったんだな、と思わずにいられない。俳句から離れていったという宗田、その十九歳から二十四歳までの句が『個室』に収められている。

記 平野

椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって 笹川諒

所収:『水の聖歌隊』書肆侃侃房、2021

 椅子、深浅、「何かこぼれる感じ」となんとなく曖昧なもので構成されている。見過ごしてしまいそうになる薄味の歌で、たとえば「この世とは~だ」(塚本邦雄の「ことばとはいのちを思ひ出づるよすが」的な)みたいな切れ味のあるものは用意されていない。
 が、この一首は、この一首全体で、静かで鋭い切れ味があるように思う。

 上の句は読みがいくつか考えられる。ひとつは、椅子に深く座ることが、同時に、この世に浅く腰かけることであるという読み。椅子に座るという動作を通じて世界の真理に一瞬触れることになる。二つめには、椅子には深く座り、この世には浅く腰かけると別の行為として取る読み。この世に腰かけるには浅めでいい(浅めにしか座ることが出来ない)という、主体の態度が見えることになる。三つめには、椅子に腰かけたあと、しばらく瞑想のように浸って、空想(脳の遠く)でこの世に腰かけるという読み。「深く、」の部分に時間が置かれることになる。

「何かこぼれる感じがあって」。自分では分からないものが、分からないところで限度の量を迎えていて、零れる感じがした。それが主体自身の中でなのか、「この世」の方で起きたのかは分からない。
 この反応が、なんとも微妙で、だから、読みがどれになるかが特定できないでいる。個人的には、「あって」の部分がものすごくあっさりしていて他人事感があるなと思った。これを、椅子に座ったらいつのまにか「この世」に接続されて、とつぜん零れる感じがした、と巻き込まれたように考えることも出来るし、別に最初から「この世」に深く腰かける気など無く、「何かこぼれる感じ」にハマって度々腰かけているようにも考えられる。座ってしずかな瞑想の果てに、「何かこぼれる感じ」をようやく得て、その達成に自身でもびっくりして「あって」としか言えない(「あった」とは言えないくらいに)、とも考えられる。

 この歌に対して、こちらが浅く腰かけるのか、深く腰かけるのかで、「浅く」「腰かける」の印象や、「何かこぼれる感じがあって」の主体の感覚の見え方が異なってくる。椅子とこの世を繋げて深浅で分かりやすく提示して軽い下の句でおしゃれにしたとも、本当に椅子とこの世に真摯に対峙した結果得られたものをあいまいなままに述べているとも読める。読者の方々にそれは委ねられるが、個人的に私はどうかというと、半々かな、と思っている。歌集に収録されている他の歌を見てみても、水的な感性や感覚で世界を捉えたという静かな歌もあれば、今風なかるい口調と発想で書かれたものもあり、この歌に関してはちょうど半々だと思う。ただそれは悪い意味ではない。こういう世界や宇宙や真理や答えみたいなものに、思いがけず触れてしまったとき、リアクションは一様にしてこうなってしまうのではないか。この歌の曖昧さや軽さが、そのまま、深い部分に触れていることを表しているように思う。一首自体が、雰囲気として、切れ味を持っている。

 最後に、一応この歌は巻頭の一首であり、「こぼれる」という章のなかにある。『水の聖歌隊』というタイトルから含めて、水のような柔軟さと神聖さで、色んなところに着いてしまう、気づいてしまうような歌が多く、掲歌もその一つなのだろうと思う。

『水の聖歌隊』には他に、〈どの夏も小瓶のようでブレてゆく遠近 学生ではない不思議〉、〈そう、その気になれば天使のまがい物を増やしてしまうから神経は〉、〈分別と多感 夜には見えているはずだよ宇宙の巨大広告〉、〈優しさは傷つきやすさでもあると気付いて、ずっと水の聖歌隊〉などがある。

記:丸田