未来 吉川創揮

未来  吉川創揮

青楓通りて日差し折り重なり

水母から水母の機関溢れかけ

紙は這う火に折れて睡蓮開く

冷蔵庫は未来の匂い眠れない

今日夏の終わりに一人一つガム

蜻蛉の目のつやつやの落ちている

迷路なぞる目玉渦巻く秋時雨

名月の団地に電波ゆき届く

中二階雨の伴うある夜長

考えたつもり林檎を並べては

浮輪 吉川創揮

浮輪  吉川創揮

  一斉に鷺発つ空の開き様

  繋ぐ手を手探りにゆく夜店かな

  飛込の感じからだに行き渡る

  色を濃く皺立て浮輪畳むなり

  プール眩しホテルのソファに脚余し

  悪口も気さくなポカリ回し飲む

  空蟬の部屋にせせらぎ通しけり

  夏ふつと冷め淋しさが癖になる

  盆休み波に磨り減る砂浜も

  水面に載せるてのひら望の月

手品 吉川創揮

手品   吉川創揮

鳥影の通過の夏の川模様

蟻行くを指歩かせて附きにけり

抱く膝に金魚一匹づつ泳ぐ

手中にも神様のゐる夜店かな

よもつひらさかバナナの皮の熟れてある

陰翳を束ねダリアや君に合ふ

海いちまいハンカチ散るは咲くやうに

夏蝶は対称で耳打ちし合ふ

記憶殖やす日記に羽虫潰れある

秋近し鳩の顔つき一列に

反復 吉川創揮

反復   吉川創揮

不意に朝其に躓ける蟇

夏休世界ルーペに間延びして

蝸牛法要にのみ遣ふ部屋

青大将踊りながらに食べ進む

炎昼は白柱終のなき鬼ごつこ

蜘蛛の囲に蝶の穏やかなる回転

八月はビルと空地を繰り返す

汗の腿挟みに回転木馬かな

夕焼や紙の袋の匂い抱く

水羊羹月見て月となるさなか

春の夢 吉川創揮

 春の夢   吉川創揮

ささくれの喉まで花の夜の降りる

乾杯の高さに春の月ありき

鶯や手首に青を催して

恋歌よ時間は桜呑み干せる

長き日の嘔吐に遣ふ筋あまた

草餅や公園に散る白きこゑ

空耳の木々を光ながらに風

瞬きとしやぼん玉とが搗ち合へば

行く春の扉に小さき扉あり

白魚や目で天井に夢記す

三月→四月  吉川創揮

 三月→四月  吉川創揮

きさらぎの鍵響き合う落下かな

知り合いの忌の長き電車の通過

卒業の猫も月見て月思ふ

春の川越えてしらふで会へる仲

チューリップ露わに枯れてあるイオン

黄風船とは上昇のさなかかな

いぬふぐりこゑのかたまりの往来

連弾や雨・蔦・春のふる壁に

潜水艇のやや傾きに春眠る

直立の指開きゐる桜かな

ふたつ 吉川創揮

ふたつ      吉川創揮

咳く度に閃く池があるどこか

猫の目の現れて夜の底氷る

 映画『花束みたいな恋をした』 六句

観覧車を廻る明滅息白し

汝と歩く二月世界を褒めそやし

黙に差す春の波永遠の振り

つくづくしあんぱん割るに胡麻こぼれ

夢ふたつ違う夢にて春の床

地図の町名に汝の名つばくらめ

日・日陰蝶の表裏のこんがらがる

空のまばたきに万国旗を渡す

火  吉川創揮

 火    吉川創揮

うわの空うつくしくあり十二月

蒲団敷く藏の二階のがらんどう

一つ戀延々とあり針供養

湯に潛る頭に柚子のあたりけり

藥甁ずらりと夜や年送る

火桶抱く部屋に昔の雑然と

かくれんぼの鬼の納戸にゐるからは

爪光る火事のはじまりはじまりに

凩と足音よぎる眠りかな

火の縦に山の眠りを走りけり

正面 吉川創揮

 正面  吉川創揮

冬木の輪郭のありあまる乱立

砂時計冬の日にこの響きかな

落葉掃く時々に蛾の翅や腹

霜夜部屋そのままが液晶にあり

十二月扉の中に鍵の鳴る

空風にひらめく建築の途中

窓拭きのこんなにも冬夕焼かな

雑然と蒲団干されて向かいが家

雪二人うつとり黙りゐたりけり

後ろの正面の前にある枯木

ままごと 吉川創揮

ままごと    吉川創揮

白壁を蔦の跡這ふ秋の声

銀の秋舌に飴玉たしかむる

光より小鳥の帰りきて窓辺

行く秋の影いちまいは針仕事

ままごとの家族は落葉暮しかな

落ちてゐる光はねぢや山眠る

山茶花の学校に来るこはい夜

外灯のぼんやり道の鯛焼屋

おやすみは蒲団の中のまつくらに

絵の外は冬晴の陰翳の部屋