規則 吉川創揮

 規則  吉川創揮

  

  夏の雨句点を前に蹴躓く

  夕焼の長引く解体工事かな

  分離派や金魚密集のきらめき

  日は一つプールの底の模様剥ぐ

  皿に小さく日当たりのよいゼリー

  野苺や雨のはじめに手をひらく

  糸電話のこゑの解けてあめんぼう

  背表紙を撫でながら夏至書架廻る

  大雨は規則通りの蝸牛

  壁四つ電球に空蟬露わ

Dreamy 丸田洋渡

 Dreamy  丸田洋渡

蕎麦屋にも諍ひあらむ春の水

鏡みるとき蛇映りこむ蛇遣い

春逝くや懐かしい隕石の匂い

岬へは歩くほかない風露草

譜は指にそれから音に月日貝

風として萍みていたら教室

遠くから思い擡げて白八汐

瑠璃小灰蝶夜はいつわること多き

花札に海の札なし雨燕

めいめいの夏服ドールハウス露天

かき氷死はいちはやく君のもとへ

巻貝に夢のようなやどかりが来る

終わるまで風鈴刑の畳かな

室外機から室内が洩れている

向日葵や人に歯ごたえあるように

眠るときには骨群れて扇風機

夏の耳は二枚オルゴールの毒性

みんなしてオペラの俘からすあげは

邃い賽の回転もみじ鮒

王手から盤動かさず糸蜻蛉

種みせて絡繰が事切れている

さるのこしかけ辞書が夢みるなら語の

水都あらわる笛のかたちに水吹けば

きくらげのような雲あり描きたい絵

不仲から広がる星座しろい息

緞帳に鶴二三匹降りてくる

短日の火に飛行機が持ち上がる

ろんろんと貂の寝言に人が出る

零下まだ肌は剥がれることなく身

霞草すこし短い几に

○諍(いさか)ひ、萍(うきくさ)、擡(もた)げて、白八汐(しろやしお)、瑠璃小灰蝶(るりしじみ)、俘(とりこ)、邃(おくぶか)い、もみじ鮒(ぶな)、緞帳(どんちょう)、貂(てん)、几(ひじかけ)

ちゃち 吉川 創揮

ちゃち      吉川 創揮

 桜貝煙の固定された景

 正確に騒がしく春印刷機

 桜鯛ゆーうつと書きその感じ

 チューリップ電車の長いすれ違い

 頬にむらさき君のあたりに迷う蜂

 春雷の窓に貼られてゐる自室

 百千鳥ちゃちな神像のほほえみ

 天秤のゆらめきときめき春彼岸

 印画紙に結ぶしずくの花曇

夜化  丸田洋渡

 夜化  丸田洋渡

台風の美的接近すさまじく

時止まりやすく金木犀へ鹿

しならせて弓にした腕冬の雲

氷らせる手を持ちあるく氷鬼

はてしない印刷室に蛸がいる

泣くミシン黒地に雪の色の糸

オルゴールある家あるべくして芒

鍵盤や雲のにおいを冬の犬

遺伝の木飛行機は電気も使う

雲核に雲あつまってきりたんぽ

目薬に目を近づけて霜柱

木造の猫にねむりや冬の川

丈夫な竹垣おもしろいつくりの星座

逗留に山茶花のつづきを歩く

蛇に鬱くるかも炎える木に木と木

見心地の良い氷山全壊の夢

書き終える雪の密室とその他

筆やすみ硯の海に浸かる雪

冬の池心を使用する会話

電源は遠いところに白椿

雪産めば雪もまた産むかといえば

梨の無い冬のテーブルにて昼寝

杳として蝋燭を減らすのは誰

筍や銀色の銀行に行く

菜箸も天ぷらになる春の油

辛夷確かに死は白の印象がある

退屈で塔たてる桜いろのドミノの上

一旦は麻酔の躰フリージア

塵みちる春 棺には向かない木

はしらせて朝の夜化を車から

 

花粉風雨 柳元佑太

花粉風雨   柳元佑太

大江健三郞、三月三日に死去せりと聞く 四句

花粉症酷き一と日や大江死す

獨學者現(うつつ)を花粉風雨(くわふんあらし)とす

稀に背筋伸ばせり春風のサルトル

伊豆も又た春の風雨か書齋閑(くわん)

大江に〈そして歸ってゆかなければならぬ/そこからやって來た暗い谷へと〉(『新しい人よ目覺めよ』)といふ句あり、澁谷も谷と思へば 三句

梅の夜の谷底暗し澁谷驛

吾が鄕は雪解盆地ぞ不得歸(かへらざる)

都市かなし何時まで春の麵麭祭

於 代々木公園 三句

太陽(ひ)は無垢を下界に給ふ大江の忌

百千鳥都市の夜空は弛緩せり

植物に自慰なきあはれ春の散歩(かち)

市 平野皓大

 市 平野皓大

 下町の寒さを云へる二階かな

 ゆふ寒や竿はなれゆく隅田川

 鴨過ぎてエレベーターの中透けて

 行く年の縦横部屋の並びをり

 仲見世をながれてたまる年忘れ

 濁々とふるへる牡蠣の火にあれば

 火を浴びて牡蠣は世の花壺に花

 信楽のふぐり拭かれて山眠る

 鬼がはら鯛焼の餡甘きこと

 暮市の値段楽しや眺めゆく

類縁 吉川創揮

類縁 吉川創揮

細雪よさりの窓のその向かう

恋人は鏡のやうでコート着る

キキとララどちらがどちら北塞ぐ

鯛焼の湯気雨に消え雨続き

みやこどり次の駅には忘却す

青鮫は月の類縁歯を撫づる

水硝子硬直といふ見とれやう

クリスマス動物病院に集合

雪折にまなざし遠く研いでゐる

貝睡るなかに変容霜柱

動物  丸田洋渡

 動物   丸田洋渡

ひととおり鮫ねむらせて雪の夜

鮟鱇や炬燵のなかに足のゆび

くすり指ほどの涙を兎から

文字はまだ手紙の上に鶴の恋

失神を思いのままに白鳥戯

砂ふる宿ひとり泳いでくる鮃

狐の婚みにいくお米だけ持って

羚羊が時を見ている時もまた

林まで行く悲の熊は喜の熊と

化けにくい朴の一枚狸の旅

大袈裟に海をつかって蛸の夢

蛤や美しい数列の桁

花に乗る手が蜂のとき蟻のとき

うぐいすの雲雀方言大切に

田螺には読める水かも魔法瓶

みずうみの藻の流行を燕かな

しばらくは蛙中心葉も雨も

かたつむり孔雀を前にして歌う

蛍なら水の研究室にいる

思春期をなまぬるい猫と暮らした

犀はいま宿題のなか唐辛子

濡れている闇を蜥蜴の暮らしぶり

かまきりは喪の叢を伐るところ

望郷は糸張りながら絡新婦

吸いこんで月は猪に泥色

天鵞絨に天という文字豹の昼

鉛筆は鷺に持たせて雨の丘

   ○

鯉とともに鮎を弔う川を流れ

跋文に鳥を書くこと鳥に言う

ぼたん雪あらゆる物を動かして

脚注樹林   柳元佑太

脚注樹林   柳元佑太

萬物(もの)淡き夢の都市とや鶴飛べる

遠つ方より萬象の冷えはじむ

霜柱の上に高原(たかはら)ありて寂漠(さび)し

萬物(もの)總(なべ)て時閒(とき)に野晒し冬蒼太虛(ふゆあをぞら)

鳰創造(つく)り浮べ懷(こころ)の水邊(みづほとり)

枯葦や睡り傳はる水禽(とり)どうし

川ほとり逍遙(ある)かば冷えめ吾が靈魂(ぷしゆけ)

眞冬より寒き初冬や論文書く

脚注にももんが棲めり針葉樹

夢を旅(ゆ)く兎の群に追つて沙汰

天使學   柳元佑太

天使學   柳元佑太

天使學水澄む頃に修められ 

秋茄子に呆れてトマス・アクィナス

矢が下手な天使がよろし山の秋

柿熟す戀は天使の暇つぶし

光線(ひ)と共に天使の天降(あも)る苅田かな

閒違へて天使天降(あも)れる紅葉寺

佛さま天使を放逐(やら)ふ紅葉かな

天使たち草相撲みて歸還(かへ)らむか

掛稻や映畫の愛の平凡(ありきた)り

稻掛けて天使同士は戀をせず