市 平野皓大

 市 平野皓大

 下町の寒さを云へる二階かな

 ゆふ寒や竿はなれゆく隅田川

 鴨過ぎてエレベーターの中透けて

 行く年の縦横部屋の並びをり

 仲見世をながれてたまる年忘れ

 濁々とふるへる牡蠣の火にあれば

 火を浴びて牡蠣は世の花壺に花

 信楽のふぐり拭かれて山眠る

 鬼がはら鯛焼の餡甘きこと

 暮市の値段楽しや眺めゆく

渾発 平野皓大

籠もまた山のころあひきのこ山

小鳥来る宴をひらくものとして

さうめんは三途の川の長さかな

酔うてゐるあの血色はましら酒

盆の月なるたけほそく飯を巻く

さうなれば盆灯籠も漁区のもの

渾発の字とめぐりあふ夜学かな

虫かごや抱きあふときも床並べ

くぼみゆくほどに夜業の硯かな

灯火親しとつかみをる鉛筆の嵩

人だかり 平野皓大

人だかり 平野皓大

春は地図赤ピン立つてそこは海

銀杏にかかりてたわむ凧の糸

ぶらんこを押す父親のよそ見かな

夏蜜柑手押しポンプも街も残る

のどかさに人だかりあり馬賭博

大試験迫るかかとをそろへ立つ

春の夢唇に塗らるるもの苦し

遍路よりさらに大きな回りもの

鋸のあとおにぎりや花の雲

裏をかへして一枚の卒業証書

出目 平野皓大

出目 平野皓大
 
あるときの船尾に冬の日がつのる
人波のほうへ甍の千鳥ども
     *
双六の出目にまかせるあそびかな
日向ぼこ芯を抜かれてゐるごとし
熊穴へ入りてなにかしらをかかへ
     *
大群の柳葉魚のまがひものである
     *
かずのこの粒のからまる痰を噛む
垂らされてゐる照明におでん待つ
手を出さずして綿虫を求めたる
すかす屁に肚のしまりや雪礫
     *
紫の座り踊りのちやんちやんこ
あゆみ来る紙のふぶきの雪女
     *
鰭酒のみるみる冷えて鰭が浮く
枯蘆を横目にさはさはと言ひて
     *
春を待つ双眼鏡に目がふたつ

狐花 平野皓大

狐花  平野皓大

鉄に木に屑を出すなり暮の秋

種固し桃の甘みをまとふゆゑ

白菊や帯のふかくを怯ゆる刃

変装の暗がりにあり狐花

ほつれ糸引きゆがむ唇鳥渡る

満山に吾ののさばる濃霧かな

霧の夜のどの箴言も通じあふ

秋の眼や蕉翁幻視することも

なきものの匂ひが口へ秋深し

遠ざかる網を見てゐる鰯かな

踊る 平野皓大

踊る 平野皓大

小鳥来る売地しばらく管残る

国またいつか一枚の秋簾

鹿の骨浜に焦げては転げては

根魚釣潮と踊ることにせん

口開くや蜜のごとくに今年米

ずつしりと光を吸へる柿を吸ふ

誰しもの秋の蛍に顔を寄せ

ばつさりとうしろを使ふ松手入

竜田姫田の一枚を膝に折る

ゐてくるるそちらも秋か月の道

似ている 平野皓大

似ている 平野皓大

太宰忌の火鉢のうつる鏡かな

分かれゐて脚美しや夏の雨

夏芝居人去るほうへ波は寄る

嘴が来てしつとりと蝉分かれ

魚信来る夜は天上の涼しさに

夜長人とは花びらに埋めしを

非水忌のデパートに蝶青白く

枝ぶりの幽霊に似て木皮剥ぐ

おのれから車を出して生身魂

することのなくて墓参の葵紋

船見  平野皓大

 船見  平野皓大

来るものは来て宵宮の席余る

避暑泰平ほんたうによく眠る

素麺を茹でて一筆箋を選り

磁は石をさざめく暑さありにけり

学問の雲の重なり立葵

諺の鮎すり抜けし熊野筆

傘贈るこんどは船見遊山へと

炎昼の暑さをふつと魚信来る

茄子高いことぶつくさと控書

明日よりあれば嬉しと冷奴

夢中  平野皓大

 夢中  平野皓大

馬むかし宛なく走る椿かな

若駒や夢中を生れ来る如く

戻るには遠くありけり花筏

後朝の眉間のいろの土匂ふ

木蓮にしばらくぶりの雨女

春の雨猿股猿の如く濡れ

金閣のパズルを飾る春夕べ

わしづかむ本四五冊や春の夢

囀りや老婆の口のさぞ乾く

蛇穴を出でてしきりに腹を巻く

日々 平野皓大

 日々   平野皓大

卵焼く卒業式の日とおもふ

快敗の名監督はさつと死ぬ

卒業式やたら大きな大学の

三月や人垣を人あふれだす

落第の日々は鞭なる桜かな

卒業の傘泥棒になりにけり

快杯の拍子を花に任せやる

やきとりの赤提灯や卒業す

快牌のをとことなりぬ浮氷

袖珍の皺みてゐたる新社員