つぎつぎに蜜柑を貰ふ旅の空 矢野玲奈

所収:『森を離れて』 角川文化振興財団  2015

旅行などと言っていられるご時世ではないが、旅行の句を。
私の大学の同級生が広島の離島に実習に行った際に、実習先の方がその場で蜜柑をくれただけでなく、後日箱いっぱいの蜜柑を郵送してくれたということがあったらしい。「つぎつぎに」蜜柑を貰うなんて素敵な旅も現実にさもありなんという感じである。

「旅の空」という語で句を締めるのがとてもよい。蜜柑は旅人の手元にあるのだが、空という広い景色の語の印象で蜜柑畑まで見えてくるような気がするし、何より気持ちがよい。上5中7はあくまで旅の1エピソードだが、下5が旅の景色やイメージをぐっと広げてくれることで、ただのエピソード披露の出オチに終わらない魅力を醸している。

記:吉川

春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川櫂

所収:『古志』(牧羊社 1985)

「とは」と見得を切った時点で一息に駆け下りなければならない膂力の質が、折笠美秋の〈あはれとは蝶貝二枚重ねけり〉 阿部完市の〈遠方とは馬のすべてでありにけり〉と並べた時、明らかに異なっている。折笠や阿部が「とは」と言う時に試みているのは「あはれ」や「遠方」の背丈を測ることであって、その丈を埋めるようにして以降の語は置かれている。この時、両者は一脈通じる感覚を手がかりにして、実在し得ない抽象語に肉を与えようとするのだが、掲句の作者はそうした肉付けを放棄する。元より質感を持つ春の水を「濡れてゐる」と形容をする事で、予め用意されている言葉の枠を揺らし、観念的な方向に流れ出すその模様を楽しんでいるのだろう。もちろん掲句の水は蛇口を捻る、もしくは池に溜っている水と呼ばれるものに、季感が溶かされているため、すでに肉は剥がれ落ちていると言えるのだが、作者の態度として実在の水に肉薄するのではなく存在を異化するかたちで言葉を費やしていることは注目に値する。そもそも実在の水に肉薄しようにも言葉はスポンジのようにどこまでも吸い上げ/吸い上げられるだろうし、写生はその点で空しく、しかし挑戦として見れば味のある行為だと言える。

掲句が志向するところを先に言ってしまえば、それは生の把握であり、存在の裏側にある観念的ななにかへの接近だろう。なにかに潜らせる言葉の色合いは、それを見出す側において異なっている。ちょうど水という無色透明なものに抹茶を混ぜるか、墨汁を垂らしてみるかの違いと同じで、言葉の色合いがなにかの表出の仕方を決定するのである。掲句について言えばそれは肉感的で艶めかしい色であった。「こと」と収めた時の立ち姿は「けり」と比較して有機的に「濡れてゐる」の肌感覚を読み手に伝える。ただ、こうした嫋やかさは「春の水」が本来持っていたものでもあるため「春の水」からなにかを抽出する意志が結果としてなにかの色合いを決定してしまうという、存在とのせめぎ合いが掲句にも見られる。そして存在となにかのあらゆる局面を切り抜けることによって、生が運動していくのだとしたら、それをまなざす意志とはつまり生を見つめる意志のことを指すのだろう。この意志が眼のうちにある限り、掲句が持つ膂力はなにかへと一足に飛び越える跳躍力になり、自らの生を顕示するように掲句は跳ねあがり、隠されたものの姿を我々に見せてくれるのだ。

記 平野

血を分けし者の寝息と梟と 遠藤由樹子

所収:『寝息と梟』朔出版、2021

子なり孫なりの寝息が、おのれの躰から産まれ落ちた人間という奇異な存在に、冬の夜の寝床の穏和な感覚をその優しさを保ったまま導いてくれる。外の梟の鳴き声が稀に聴こえるという。その遠い距離、種を隔て距離を隔てる梟の存在感には、不可侵性と分かり合えなさ、それでもどこか通じ合えているような感覚が準備されている。これが掲句においてはとても優しい。

江藤淳が指摘するような日本の母子密着型の類型がある中で、血を分けていても所詮他人であり、別個のものであるという感覚が、偶然を装った梟の登場により担保されつつ、あらためて、血を分けている者が、今ここで寝息を立てているということの不可思議を考えられる。

「血を分ける」という行為は胎盤をもて子を自然環境に適応出来るくらいまで育てあげる哺乳類独特の喩だと思う。魚類爬虫類鳥類のような卵を産むことにより生を繋ぐ動物では「血を分ける」という感じはしない。臍の緒で母体と胎児が血流を交換するからこそ「血を分ける」という表現が成り立つ。なにかその、哺乳類全体に通じるような、子を自然環境や外敵から守るための育て方まで含んで響くような感じがある。むろん、身体の組成が同じであるということ、身体の約13分の1の質量をしめる血液を同じくしていること(まあ厳密に言えば異なるけれど)に、おのれのレプリカント的な、シュミラクル的なある種の気持ち悪さがあることは当然として。

だからこそ、梟の他者性と並列であることが、なんだかとても嬉しい。この種の愛情が降り注がれる子は幸福だったろう。

『寝息と梟』は遠藤由紀子氏の第二句集。50代前半から60代前半の375句を収めている。

記:柳元

裏坂をのぼり来るも月の友 五十嵐播水

所収:『ホトトギス巻頭句集』(小学館 1995)

月を求めて人は高台にのぼる。丸く大きな月に立ち向かい、あたりを一望して友と語りあう。夜気は曇りなく、思いもよらず声が通る。しんと静かに、しかし意識すればそれなりの虫がそこかしこに潜んでいるらしく、心を任せるそのうちに月は高く、見上げるまでになっている。とん、とん、と軽い靴音がうしろからやって来て、誰かが、月夜と思われないほど暗い坂をのぼっている。その正体を怪しみながら、しかし心はすでに知っている。そいつが昔からよく親しんだ仲であることも、そいつが、この世ならざる者であることも。此岸と彼岸に人は挟まれながら、生人も死人も入り混じりぼんやりと月を見上げる。永井龍男は書いた。「ここからどこか、さらにどこかへ入って行けそうな気もしてきた」(『秋』)不思議な月夜のことである。

記 平野

腹案はある杉菜へとまづ歩け 島田牙城

所収:『誤植』(2011、邑書林)

近代科学が頭蓋にメスを入れてどうやら脳味噌がものを考えていることを明らかにしたわけだけれども、ところがどっこい、何も人間は脳味噌でばかりものを考える訳ではない。「腹黒い」とか「腹を割る」とかいうようにお腹だって立派なこころの在りどころだったのである。

「腹案」という語が妙に面白いのは、人間が窮地に立たされたときに練りに練った案を開陳するというシリアスな局面にも関わらず、お腹でものを考えてお腹に溜め込んでいたものを大儀そうにとりだすような感じがするからなのかしらん。

悲しいかな、得てして「腹案」というものは大したものではなくて、不発不適切打つ手なくなり観念するしかなくなる一歩手前の悪あがき死亡フラグ、破滅の予告なのである。「腹案」はこういうものだから、周囲の人間からしたら厄介極まりないものなのである。悲劇の始まり。滑稽未来の決定。もう終わりだ。やめだやめだ! 腹案はある。嘘だ! 腹案なんてとんでもない。腹案はある。それは無謀の別名だ! 破局へ動き出す運命の機関車! もはやブレーキは踏み損ねた! 惰性でレールを滑るだけの鉄塊! 否、藁にもすがる思いで耳を傾けようではないかその腹案とやらに。「杉菜までまづ歩け」。嗚呼!

記:柳元

ゆふぐれをさぐりさゆらぐシガレエテ 小津夜景

所収:『フラワーズ・カンフー』ふらんす堂 2016

シガレエテとは紙巻き煙草のこと。視覚で捉えた煙草の煙のイメージを音韻という切り口で表現しているのがおもしろい。

3度でてくる「ぐ」の音の強烈な印象と、それとは対照的なやわらかな印象の「ゆふ」「さゆ」の響きが混在することで、音に緩やかなメリハリが生まれ、煙が昇る様を思わせる。
「さぐり」「さゆらぐ」の頭韻、「ぐれ」と「ぐり」の相似の響き、シガレットではなくシガレエテという語を選択し促音を避けたことなど、音韻への心配りが1句全体に行き届いており、口に出すと呪文のようで楽しい。

記:吉川

紫と雪間の土を見ることも 高浜虚子

所収:『虚子五句集(下)』(岩波書店 1996)

見ることも、と流すことで普段見る雪間の土が紫ではないことを示し、同時に雪間の土に親しい環境で生活していること、そして雪の積もる地帯で冬を越したこと、などの背景を想像させる。そのため、ふとした拍子に見た土が紫であったという一回性を楽しめばそれで足りるかもしれないが、今回は「紫」に比重を傾けて鑑賞したい。

見ることも、はこう解釈することも出来るだろう。いつもと同じ雪間の土のはずが、今日の精神状態だと同じようには見えなかった。例えるなら「紫」を見ている気分だ。というような実際には土の色が紫ではなかったとする考えだ。このとき重要になってくるのが先行する「紫」のイメージであり、実景から言葉の領域へと意識は飛んでいく。

では、紫のイメージとはなんだろう。ここで思い出したのが蕪村の〈紫の一間ほのめく頭巾かな〉の句。この句もまた「紫」が一句において決定的な役割を果たしている。ちらりと一間を覗いてみたら、紫色の頭巾が置かれていた。紫色の頭巾とは多分「梅の由兵衛」に由来している。元禄期の悪党・梅渋吉兵衛をモデルとする歌舞伎や浄瑠璃を指して「梅の由兵衛」と呼ぶ。ここでは紫の頭巾という扮装姿が一つの型となっているらしく、それは1736年に『遊君鎧曽我』で初世沢村宗十郎が演じてからの型だという。1736年と言えば蕪村は二十歳ぐらいのため、同時代的な影響があったかもしれない。

つまり、紫色の頭巾が置かれているのを見ることは、一間にいる客人の正体を暴くことと同義になる。虚子の句にもこうした紫のイメージが流れているのではないか、と想像を巡らしたい。頭巾の下に誰か客人の正体を暴くように、雪が溶けたところの土は普段見ている土よりも数段素顔に近い「土」で、奥深い、本質的な色を見せていたのだろう。次第に掲句は現実を離れていく。

記 平野

本の山くづれて遠き海に鮫 小澤實

所収:『砧』 牧羊社・昭和61年

本の山のうえに本が積みに積まれた一室、そこには鬱々とした密度が立ち込めていて、本棚の高さは部屋の中心に向かって内容物に重力が籠ったもの特有の、押し迫った感じを投げかけている。表紙と背表紙の幾摩擦によって形作られた紙の束の塔の静止は、実のところ位置エネルギイの歓喜の解放を待ち望んでいる。

古書新書入り混じった和洋東西の小説に学術書、全集の端本に艶本、友人知人から拝借した本もある――どれもがおのおの崩れ落ち、重力に従い六畳一間の床めがけて(実のところその床にも本が散乱しているのだが)力をたたきつける機会を虎視眈眈と狙い、伺っている。書斎、図書館、古書店の暗がりに沈潜する緊張こそは、以上のようなものによってもたらされるものなのだが、掲句はそのエネルギイの解放、ほとばしりが、激流をなしておちかたの世界へと流れ込んでゆき、遠方は外海の深き溝、海溝、そこを回遊する鮫と接続してしまったさまを書き留めている。

山体崩壊を起こした本のエネルギイは見えざる川を為して(それは遅遅と進む大河ではいけない。それは川底けずり渓なすような急流でなければならない、山から海へ向かうものを川と呼ばずになんと言おう)、眼にも止まらぬ速さを保持する。その速さは、いやむしろその川は無論六畳一間の床ですぐに力尽きるのであるから、その速度だけが、その言葉の水流が保持していた速さのみが、遠きわたつみに住みなす鮫に届き、交感し得るのである。その速さのことをぼくらは便宜的に二物衝撃とよぶけれど、ようするに異なる二世界を結ぶ扉の出現を切れに託すという一瞬の賭けを、舌端に句をのせるたびに感覚できる読者は幸せである。鮫のするどく青白い鼻先に突き付けられたのは虚しい速度だけ、その潔さをこそ賞味すべきだろう。それで十分なのだから。ぼくらは寒くて冷たい海にゆける。

無論書斎から、突如外海に引き出された読者は戸惑うだろう。しかしそこに鮫が、冷たい海流に身をもまれ、筋肉を鍛えた、躰の引き締まった鮫が泳いでいることによって、ぼくらは存在に対して畏敬を払う手続きをはじめて、瞬時に掲句の手柄を理解する。つまり鮫の実体感が導いてくれた場所は既に書斎ではない。遠き海でもない。今ここが海なのだ。ぼくらはもはや遠さを、距離を手放す。「遠き海」という認識は鮫の存在に耽ることによって放棄せざるを得ない。鮫がここにいる。

ぼくらは自分の躰に冷たい海流に押され始めていることを理解し、昏い海面を頭上に見上げれば、冷たく差し込むひとすじの光は月光であろうか。溶暗溶光、バクテリアの塵がしらじらと上下し漂うている。鈍い青とも見える黒色の鮫の肌は、月光と感光してこちらまで照りを届ける。躰のすみずみ、五指の先端まで寒海の冷えがゆき渡っているのを、現実世界における読者諸氏は夢の名残として感得するのである。

小澤實は1956年生まれ。1980年に「鷹」新人賞受賞、1982年「鷹」俳句賞を受賞。1985年、「鷹」編集長に就任する。「鷹」時代には第一句集『砧』(牧羊社、1986)、第2句集『立像』(角川書店、1997)を上梓する。そして1999年、「鷹」を退会し、2000年に「澤」を創刊・主宰。第三句集『瞬間』(角川書店、2005)を上梓している。第四句集『澤』はいつ刊行されるのだろう。句集が待ち遠しいという気持ちを抱ける師に出会えたことがぼくは何より誇らしい。

記:柳元

蓮飯の箸のはこびの葉を破る 皆吉爽雨

所収:『自注現代俳句シリーズ・Ⅰ期 皆吉爽雨集』(俳人協会 1976)

蓮飯というと観念のほうに寄ってしまいがちになるが、掲句は写生句らしく実体、質感を描き出している。飯の湿度でふやかされた蓮の葉を箸が破いてしまう。景に焦点を当てるならば〈箸に葉を破る〉のような絞られ方がなされて良いところだが、掲句はそうではなく破いたときの質感がより伝わる書き方が選ばれている。「はこび」という言い回しが巧みで、故意に破いたのではなくただ食べているうちに偶然破れてしまった素朴な哀しみが感じられる。また「は」音がくり返されているなど、作者の手つきが色濃く伺える句のようにも思う。自註によると「蓮の葉に白飯を盛った仏家の蓮飯を饗された。箸使いで破れる蓮の葉の瑞々しさ」とあるが、どちらかといえば蓮の葉が刻まれ白飯に混ぜ込まれているものとして読んでいた。それは好みによるだろう。しかし「破る」の感や、死と瑞々しさの対比は自注の方が強い。

記 平野

春夏秋冬/母は/睡むたし/睡れば死なむ 高柳重信

所収:『遠耳父母』1971

俳句の多行表現に関しての知識は浅い身なので、その観点から句を上手く掘り下げることはできないとは思うが一応触れておこう。意味内容での切れは「春夏秋冬」の後にしか存在しないが、その後のフレーズも多行書きという視覚的な切れを用いることで、読者がこの句を読むスピードが通常よりも遅くなるような気がする。それが、「春夏秋冬」と母の老い(もしくは病の進行?)という2つの時間の流れを補強しているともとれる。

春夏秋冬という永遠とも思える時間の繰り返しの運行と、人間が生きている限りにおいて繰り返す睡眠が並置されることで、睡眠と死が隣合う人の時間の危うさと季節の永遠が対比される。

象徴としての「母」の持つ生命を育むイメージは四季に通じるものであると考えると、この句における母と同じくして、「春夏秋冬」もまた、不意の終わりの可能性を持った危ういものとしてこの句に表れている、意味的に「春夏秋冬」と「母」が並列のようにも感じられる。

記:吉川