自選五十句 丸田洋渡

 自選五十句  丸田洋渡

片栗の花サーカスのはなれわざ
襖から立方体が見えている
春のたましいの全体的な腐敗
足は汀に飛行機のおもてうら
レモネード空はいつでも回転式
子どもにも大人のめまい蝶撃つ水
かき氷法学に紙のイメージ
罰すこし快ひとりでに洩れだす葡萄
水鉄砲も当てるなら心臓に
一瞬の鵺の感電死と蘇生

梨重くして夜の雲朝の雲
水の建築すると眺めている方へ
月は骰子ひと睡りして賭ける
碁の部屋にせせらぎがせせらいでいく
筍や銀色の銀行に行く
きのこにも秘密いろいろ空とぶ雲
鮟鱇や炬燵のなかに足のゆび
ひととおり鮫ねむらせて雪の夜
うどん屋のくもり硝子や大白鳥
空間に斧おいてある雪のはなれ

木々の木の葉の葉脈のつめたい痾
角砂糖崩壊その他もろもろも
未来の風邪のみどりのくすり春三日月
空中の蜂に格子状のあやうさ
電源は遠いところに白椿
鏡みるとき蛇映りこむ蛇遣い
よい日よい風ひめおどりこ草の首
うぐいすの雲雀方言大切に
風として萍みていたら教室
かたつむり真っ逆さまのシャンデリア

そのころの草矢眩しく電気を感じる
眼とは愛とはさみどりの一枚布
藤はまだ一睡もしていない
鍵として舌つかうとき向こうも鍵
ともすれば死のねむけ梅花藻の花
眼球に老化と朽化ネオンテトラ
火が蠟に憑いている百物語
みんなしてオペラの俘からすあげは
天の川その水しぶき薄い服
はてしない印刷室に蛸がいる

川には良い思い出ばかり秋のUFO
ひつじ雲こころ渋滞しはじめて
秋海棠思い思いの席に着く
牡丹なら椿で倒すカードゲームは奥が深い。
胡桃ホテル戦争を話しますかね
天使と銃どちらかが勝つ雪催
雪煙には眼球が曇るなあ
雪の日の気分は火 死なないでいたい ね
文字はまだ手紙の上に鶴の恋
覚醒の映写機は海を流した

 2020年4月から、2025年11月までの自選。

 漢字の読みについての補足
 襖(ふすま)、鵺(ぬえ)、骰子(さいころ)、萍(うきくさ)、俘(とりこ)。

自選五十句 平野皓大

  自選五十句  平野皓大

春の日を浅くつくして豆腐桶
雲も木も左へ走り馬糞風
若駒や夢中を生れ来る如く
絵踏へと風に遅れてついてゆく
薄氷をあくびで揺らし布袋尊
落第や鯉のやうなる髭が欲し
一幅の半ばに孤舟田螺鳴く
馬むかし宛なく走る椿かな
のどけさに人集りあり馬賭博
好きな虫集めてゐれば大朝寝

春闘を官庁街の側から見
凧日和体操をしてゐたりけり
回廊の冷えてあるべし灌仏会
人去りしあとの寂しさ涅槃仏
花時をほとんど本へ神田川
雑木を愛し桜を守りけり
十薬の花ふつくらと上を向く
暮らしつつ径を覚えて河鹿笛
夏燕渚疲れの人びとへ
学問の雲の重なり立葵

すーつと来て朝顔市の風貌に
遊ぶ蛭はたらく蛭を考へる
夜釣人水虫のこと楽しげに
夢に人現れなくて水中り
来るものは来て宵宮の席余る
太陽のあらねど暑し瓜膾
その攫ふ肉が最後やバーベキュー
敗戦日クロール疲れ腕に脚に
国またいつか一枚の秋簾
秋雲のこの大きさは二人掛け

相撲観覧予定あり屍に
馬券散る秋晴の牝馬をたたへ
ゐてくるるそちらも秋か月の道
君からも見ゆる芒を飾りけり
衣被ながき梯子と仕事して
きちきちや掘り捨てられし芋を踏み
幽人枕蟲跳びまはる跳びまはる
糸瓜や母親はふと蛇のかほ
虫老いて喜怒哀楽を自在にす
北吹くや亀はぽつくりゆくものと

その人の愛せし玩具日短
かく引けと大根引に手を重ね
寒灸心が泣いてゐる人に
日が通り風が通りて竹瓮かな
毛糸編む心の翳り小さくし
初空に糸の流るることすこし
長く浮く三日の凧の渚かな
寒稽古雑巾掛をみしみしと
絵襖の虎のごろんとしてゐたり
あたたかし寝物語に象が出て

自選五十句 吉川創揮

道端の紫陽花の写真。 薄い青と白が混じった配色

  自選五十句 吉川創揮

うわの空うつくしくあり十二月
空風にひらめく建築の途中
火の縦に山の眠りを走りけり
鯛焼の湯気雨に消え雨続き
貝睡るなかに変容霜晴れて
再生のざらつき如月磁気テープ
思い出のために見てゐる冷えた窓
夢の終へ方の不明の黄風船
きらきらと蝶をもみ消す指ふたつ
正確に騒がしく春印刷機

桜貝煙の固定された景
天秤のゆらめきときめき落し角
冷蔵庫は未来の匂い眠れない
水道を辿るイメージひょいと虹
紫陽花やゴミの足りないゴミ袋
八月はビルと空地を繰り返す
夏ふつと冷め淋しさが癖になる
ソフトクリームまだ手を繋ぐ夏と秋
コンビニの青秋だとか言うみんな
水溜まり覗いて行くは墓参

十月は影滲みだす梢・人
曼殊沙華口から糸を曳いてこゑ
咳く度に閃く池があるどこか
なんらかの塔欲しき水涸れの景
おやすみは蒲団の中のまつくらに
最後まで凧の落下と見つめ合う
時折の桜車窓を長回し
いぬふぐりこゑのかたまりの往来
茎立の遠くは雨のみつちりと
手の中に消えゆく氷のざらつき

更衣マンション乱立の反射
夏、空そこに立体の秩序が
一部屋に思考一杯しろめだか
グラジオラス写真の奥の扉開く
耳の熱自在に蜘蛛の足遣い
読点に躓きやすき白雨かな
覚めてより夢に着色風鈴も
犬いれば遠くにいけるえごの花
半夏生楽しい悲しい雨ざらし
カレーさらさら夏の夕べを余らせる

虫売や月はみんなの落とし物
銀の秋舌に飴玉たしかむる
金星や葡萄の皮の濡れ積もる
行く秋の影いちまいは針仕事
名月を空に据えるは名地球
目もまた穴もみじ落葉の溢れそむ
着ぶくれの天使飛び降りの現場に
十二月葬式で友だちになる
接吻に触れる鼻息・鼻・雪
夢は片割れ氷溶けはじめる頃の

自選五十句 柳元佑太

  自選五十句 柳元佑太

春や昔隕石(メテオ)が龍を鏖(みなごろし)
晝(ひる)から火球と阿難陀(あなんだ)も聞かなんだ
王獨り僞史に棲みなす椿山
春なれや繍(ぬひとり)の禽(とり)深みどり
花粉症殊に酷き日大江死す
耳は貝卒業式を少し寢て
夜は谷を浸しつゝ來し櫻かな
孕み犬よろめきありく菫かな
囁(つつめ)きは口唇(くち)の快樂ぞ鬱金香(ちゆーりつぷ)
戀なりや天に燕の軌の交差

雲樓(くも)展き奧の雲樓(くも)見ゆ蕗薹
瞼とは肉の窗布(カーテン)百千鳥
その戀の顚末虻の反射(てりかへ)し
病み犬にして大食や靑嵐
傑作の虹立ちにけり蠹(きくひむし)
傍(かたはら)に餡蜜を置き謀(はかりごと)
革命もはや世に育ち得ず扇風機
炎帝の御使(おほんつかひ)と懇(ねんごろ)に
吾が體臭部屋に膿みをり氷菓の棒
アイスティー微糖生き甲斐あるにはある

炎天の銀座へ結婚指輪(ゆびわ)買ひに行く
CoCo壹の今此所讚を僞風土記
天體や精密しく軌(うご)く蟻の觸覺(つの)
蟻食獸(ありくい)の長舌戾る蟻百付け
死穢溜り都市美しや水母の觸手(て)
かの眠猫(ねむりねこ)へ月の手夥(おびただ)し
水澄みて毛澤東の廣額
總國(ふさのくに)ビジホの蔦の惰(だらしなさ)
星垂れて靈(たまゆら)の濃き鳥獸(とりけもの)
耳も又た黃なるを糞れり天の川

梨佛おのれを衆生(ひと)に食(じき)せしむ
釣り上げしそばから鯊を蔑(ないがしろ)
常闇の耳底(にてい)の寺の小禽(ことり)かな
龍膽や王廢されて毛尨戲(けむくじやら)
葛飾北齋紅葉づる腕(かひな)ひた隱す
形式が鹿を捨象し骨の花
地價上がる芒の濾せる川光
美しき淡冬虹や掏摸の巴里
空割れて何か幻視(もろみ)ゆ枯木の街
腦天壞了(のーてんふぁいら)藪の齒醫者は天卽地

希臘かつてEureka頻(しきり)木の實降れよ
煙突(けむりだし)眞冬怒れる汝に付けむ
むさゝびがばさつと展き巨きけれ
微熱の日ふと木菟の舌思ふ
かの鶴の腦の微弱(かよは)き電氣(えれきてる)
なきごとく未來ありUNIQLOのセーター
百貨店(デパート)の柱の卷貝(かい)よ雪豫報
院試受く電氣炬燵に脚入れて
蒙古斑沖の鯨と交感す
齒の如き燈臺へ旅(ゆ)く氣象病