どうしても君に会いたい昼下がりしゃがんでわれの影ぶっ叩く 花山周子

所収:『風とマルス』青磁社 2014

 花山周子の歌を読むと、ひねる、ひねらない、ということを特に考えさせられる。いくつか引いてみると、(以下引用はすべて同歌集)

  歯磨きはもう飽きたからやめようか、というふうにいかない人の営み
  きみの声がさいしょっから好きだった池に浮かんだアヒルのようで

 ひねることで、前半の映像や情報が強引に更新されていく。特に「というふうにいかない」の繋ぎ方は露骨なひねり方である。ふつうの、ノーマルに見かける短歌だと、それが「切れ」に合って、異なる二つの映像の重なり方を面白がるものが多い。

 ひねる、という表現があっていないような気もするが、花山周子の歌はどこか素直ではない落とし方をしている。「池に浮かんだアヒル」とは褒めているのかどうか危ういところで、ダメそうなところを好きと思ったのか、そもそも本心からアヒルが好きで、だから好きと思ったのか分からない。(「池に浮かんだ」の言い方は完全にナメているというか、面白がる気持ちがあるように思われる)切れ、を持ってくるのであれば、君の声が好きということと、池に浮かんでいるアヒルの映像を別々で繋げることになる。これが「のようで」の倒置と「さいしょっから」という措辞によって、ひねりが生まれている。「きみの声がさいしょっから好きだった」というふつうの(普通、というと語弊があるのかもしれないが)恋愛的な歌と思わせておいて、後半で変える、その「思わせておいて」の部分が読みどころなのではないかと思う。「というふうにいかない」の繋ぎ方も、「歯磨きは飽きたとしてもやめられない」のようなスムーズな言い方を拒否して、敢えて少し驚くような(またはふつうの表現が来ると予想される)表現を見せておいてのもので、「思わせておいたよ」というアピールなのだと捉えられる。

 この、ただの逸脱ではない、ふつうの振りをしておく、という部分が、花山周子の短歌の読みどころであるように思うし、ときに文語や旧かなを使うのもそういう役割を担っているように考えられる。

〈どうしても君に会いたい〉の歌は、そうして考えると、前半はふつうの歌っぽい表現である。(「昼下がり」という状況のわざとらしい付け加え方も、私としては回転する前のスケート選手の助走に見える)そして後半、「しゃがんでわれの影ぶっ叩く」。叩いたとして会えるわけでもないことを分かっていながら、本当に殴っているような描写。ふつうなら「会いたい」からする行為ではない。電話をかけるとか、「君」のことを想像するとか色々ある中で、「われの影ぶっ叩く」。「しゃがんで」という謎に細かい映像の作り方も面白い。まさか、通りがかりで見かけた、道でしゃがんで地面を叩いている人が、ほかの人に会いたがっているとは思うまい。

 人に会いたい主体がいてもたってもいられないという、長い助走のあとで、奇妙な回転を見せられる。共感という尺度では測りきれない、「ひねり」の先の面白さが、しずかにさり気なく光っている歌である。

記︰丸田

ありわらのなりひらしゃらしゃら気管支をならしわたしにうでをさしだす 野口あや子

所収:『短歌』2018.11

喘息もちだろうか。「ありわらのなりひら」が気管支をしゃらしゃら鳴らすさまはなんだか痛々しい。いや喘息もちだろうとたぶん気管支はしゃらしゃら鳴らないわけだが、そのあたりの絶妙な嘘くささ、誇張されたサブカル漫画みたいなフェイクっぽさ、けれん味こそ愛すべきなのである。「なりひら」はわたしに腕をさしだしてくるわけだが、当然気管支を鳴らしているような人間の腕に掴まるのは無理だし、それは「なりひら」もたぶん承知なわけだが、それでも、「なりひら」は腕をさしだす。だからこそこの歌には妙な切実さが宿っている。

技巧的な部分を読めばおそらく「なりひら」の「ひら」の音が「しゃらしゃら」を呼び寄せ、「しゃらしゃら」の「し」が「気管支」「ならし」「わたし」「さしだす」の「し」を軽やかに踏んでいくわけだが、この音の連なりの気持ちの良さも特筆すべきだろう。

最もこの一首だけ読んでもやや詮無いことで、というのもこれはかなり連作という形式に依るところが大きい歌だからである。〈なりひらのきみとでも呼べば振り向くかおとこの保身かがやくひるに〉という歌から始まるこの一連の連作は、比較的近しい関係にある「きみ」(どうやら保身している男性らしい)を、在原業平に見立てることで動き出す。

平安時代初期の歌人在原業平は、六歌仙・三十六歌仙の一人で、『伊勢物語』のモデルとしても知られる。しばしば優雅で反権力的な表象のされ方を伴うが、どうやらこの連作においては異なるようで、 取り上げた歌もそうだし〈くらき胸を上からたどればとまどいてなりひらのようにきみはかわいい〉のような歌を見てみても、庇護される対象として、つまり優しいがどこか線の弱く頼りない「なりひら」を感じさせる。

それは平仮名に開かれた表記が直接そう感じさせるというよりも、歌を平仮名に開くという書き方がこれまで担保してきた、極めて現代短歌的としか言いようがない永遠の明るさ(思いつきで命名するならグラウンド・ゼロっぽさ)を引き連れているという方が適切な感じがする。

しまながし ホログラムする快楽のみずをたどってきみとはなれて〉のように「わたし」と「きみ」の二人の関係性が、どことなく世界の行く末と直結しているいわゆるセカイ系っぽさも、時代の雰囲気をよく捉えていて、読み応えのある連作だった。

記:柳元

ヴァージニア・ウルフの住みし街に来てねむれり自分ひとりの部屋に 川野芽生

所収:『Lilith』2020 書肆侃侃房

ヴァージニア・ウルフには『自分ひとりの部屋』(A Room of One’s Own)という書物があって、これはイギリスで男女平等の参政権が認められた1928年、ケンブリッジ大学の若き女子学生たちに向けた講演をもとに構成されたものであり、フェミニズム批評の古典として再評価が進んでいるものだ。直接的な批評というよりも、虚構の人物の思考のあとを再現するような語り口でウルフの知性そのものが筆をとっているような豊かさがある。

わたしにできるのは、せいぜい一つのささやかな論点について、〈女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない〉という意見を述べることだけです。(ウルフ『自分ひとりの部屋』片山亜紀訳 平凡社ライブラリー p10)

ウルフのこの書物のタイトルの意味するところはこの一説を読めば分かる通り、女性の経済的な自立、環境的な変化が無ければ女性が小説を書くことなど出来ないのだ、と述べる。

シェイクスピアはグラマー・スクールに通わせてもらえた。ではシェイクスピアに文学に目覚めた妹がいたら、彼女はグラマー・スクールに通わせてもらえたのか?以上のような思考実験を踏まえて、軽快にウルフは語る。

結局、自室を持てるほどの経済的な豊かさと周囲の理解が女性を支えない限り、彼女がどれほどの才を持とうとも、彼女の筆がしたためたものが正当に価値を認められることは、まず無いのである。(男性はほとんどの場合自室どころか、煩わしい家庭から一時的に開放される別荘すら持てたのに!)

さて、川野の歌はもちろんこれを踏まえていよう。「ヴァージニア・ウルフの住みし街」はロンドンなのか、あるいは別の町なのか、ウルフの伝記的事実に明るくないから判断を控えるけれど、それはさして重要な事柄ではないだろう。ここで考えたいのは、旅行で訪れた宿で眠るときに、自分ひとりの部屋が与えられていたということだ。もちろんここでは、旅愁も手伝って自分の来し方についての思いが巡らされているだろう。おそらくそれは、20世紀初頭を生きたウルフよりは恵まれた環境にある自分についての思考のはずで、旅先だけでなく日常に戻っても、作中の主体には自分ひとりの部屋が与えられており、自室にはそれなりに書籍の詰まった本棚が置かれているはずである。主体が行っているイギリス旅行のような海外旅行も、20世紀初頭の女性には与えられなかったものだ(トルストイが文学的な経験を積極的に積むことが出来た一方、女性はそのような自由がなく狭い経験の筐の中で書かざるを得ないことを、ウルフは同じ著作の中で嘆いている)。これらに鑑みると、なるほどウルフよりは恵まれた環境にあるに違いない。

作中主体はいちにちの疲れに目を瞑り、身体の力を抜きながら再び思考を巡らせる。いや、本当にそうなのだろうか。ウルフよりは恵まれた環境にあるのだろうか。ウルフが20世紀初頭に言い止めている男女間の格差や不均衡は、2020年の現在、どれだけ妥当なものになったのだろう。『自分ひとりの部屋』がそれなりの鮮度を保ちこれだけ読まれる世界、フェミニズムを題材にとっていること自体が評価される要因の一つとなり、歌壇賞が与えられる世界。そういうものに対しての静かな思考の渦が、夜の底に向かって降りていくのが、この歌なのではないだろうか。

文語の律をとることが川野の歌において大きな意味をなすのは、歴史的に口語が引き受けてきた弱者の声や等身大性の伸びやかさに対して一定の敬意を払いつつ、しかしそうではない位相で、いわば「闘う」ための律であるからだろう。それは文体の選択というよりももっと社会的かつ(矛盾するようだけど個人的な)ものであり、エクリチュールの問題と言っても差し支えない。ぼくは、この態度がウルフの共有財産的な文体の選択(それでいてドルフィン・ジャンプなどの三人称の心理描写がとても前衛的なわけだが)とも非常に重なる気がするけれど、これくらいで筆を置くことにする。以下感銘を受けた歌。

思惟をことばにするかなしみの水草をみづよりひとつかみ引きいだす 
折りたたみ傘のしづかな羽化の上(ルビ:へ)に雷のはるかなるどよめき
ゆゑ知らぬかなしみに真夜起き出せば居間にて姉がラジオ聴きゐき
海底がどこかへ扉をひらいてるあかるさ 船でさえぎり帰る
ねむるーーとはねむりに随きてゆく水尾(ルビ:みお)となること 今し水門を超ゆ

記:柳元

数知れぬ爬虫の背は濡れながら薔薇腐れゆく垣をめぐりぬ 大野誠夫

所収:『胡桃の枝の下』白玉書房 1956

蛇、蜥蜴、鰐。数の分からないほどの無数の爬虫類が、洪水のように群れをなして、薔薇の腐りゆく垣をめぐる。まるで何かの祝祭、フェスティバルである。薔薇の下、百鬼夜行のごとき爬虫類の行軍は、ロシアの作家ブルガーゴフの短編『運命の卵』にも似る。これは人工的に孵化した大蛇の群れがモスクワを襲うサイエンス・フィクションであるけれども、しかしながらブルガーゴフの乾いたブラックユーモアを目指す筆致と、大野氏の掲歌が目指すウェットで幻想的な官能性は、対照的な側面をなすだろう。

大野氏の掲歌の官能性は、爬虫類の眼の知性の輝きゆえだと思う。巷には爬虫類脳などという蔑称もあるようだけれども、アダムとイブに禁断の果実を勧めたのも蛇なのだから、爬虫類が表象として知的なのは当然だろう。官能性というのは恥ずかしさと不可分だから、知こそ官能性と直結するものである。それに怪物の母エキドナなどを思うまでもなく、各地の神話や民話で蛇と生殖はイメジが昵懇であり、豊穣のイメジや、生命のイメジも引き寄せる。大野氏は、爬虫類の背中が濡れているという特徴を取り出すことで、その官能性や生命の豊かさ、怪しさを強調するとともに、水のイメジの関連から、じっとりと腐ってゆく薔薇への接続の引っ掛かりを作っている。

大野誠夫(おおの・まさお)は、1914年生まれ、1984年没。戦後派として活躍した。大野誠夫の門人だった松平修文は〈若き日に画家を志したこの歌人は、短歌をとおして絵を描いたのだ〉(「大野誠夫ーその絵画性」「季刊現代短歌雁」第23号、1995.2)とその虚構性、芸術性を指摘する。松平がここにおいて自己を投影し自己と似た資質を持つ師の像を作っていることは指摘できるかもしれないが、少なくともこの歌にヨーロッパのロマン主義やシュールレアリスムの幻想的絵画を見ることが出来るとおもう。

記:柳元

やじろべえになってしまいたい 手をひろげ夕暮れの廃線線路をわたる 早川志織

所収:『種の起源』(雁書館、1993)

 私は、早川志織を〈傾けて流す花瓶の水の中 ガーベラのからだすこし溶けたり〉の歌で記憶している。このガーベラの歌もそうだったが、ほかの植物の歌を見てみても、一見とても優しい雰囲気を帯びている一方で、もう一度読み直すと、どこかうっすら恐怖を覚えるような景色が広がっている。
 たとえば、〈おかしさがこみあげてきて花ミモザふるえるように笑い始める〉は、隣に恋人でも置いて想像すれば可愛い光景だが、「ふるえるように」「始める」というのが、喉にかかる魚の小骨のように気になる。「花ミモザ」の(短歌的、とも言えるが)突然のカットインの仕方と、ぶっ壊れたみたいな笑いだし方には、すこし怖さもある。多分、くすくす笑うときの、笑いはじめの感覚を、花ミモザの優しい感じに付けて言ったのだろう、とは予想はできる。……が。

〈欲しいものはこうして奪う 校庭の柵に絡まる明きヒルガオ〉、〈視姦されているのだろうか 振りむけばキダチアオイが陽射しに揺らぐ〉など、スパッと切るような言葉に、ゆるやかな景色の付け方がなされている。この植物が強引に姿を現してやまないこと自体にも、私はどこか怖さを思う。キダチアオイがとても怖い。

 ほとんどの歌に植物が入っていることから考えて、〈やじろべえに〉の歌は、どんぐりなどで作られたやじろべえを想起すればいいだろうか。これもはっきり、片方でスパッと思ったままにストレートに言って、片方なだらかに詠っている作品である。
 私にはどうも、この「やじろべえになってしまいたい」が涼しい。初めて見たときは、主体がとても可愛い様子で手を広げて線路をバランスを取りながらてくてく歩いている様子を思い浮かべた。

 しかし改めて読むと、怖いというか、思ったままのパワーが感じられる。「なりたい」ではない。「なってしまいたい」、である。

 ガーベラの体が溶けていくのもそうであるし、〈今日われはオオクワガタの静けさでホームの壁にもたれていたり〉もそう、やじろべえもそうである。植物や動物が、何か(私やほかの物質)と接して境界がどろんと溶けて感覚を乗っ取るような、早川の独特の歌のキレとまろやかさに、私は夕方の帰り道何かの気配がして振り返った時に何もいなかった、あの冷たい夕方の感覚を思い出す。

記:丸田

〈いい山田〉〈わるい山田〉と呼びわける二組・五組のふたりの山田  大松達知

所収:『フリカティブ』 柊書房 2000

この歌は左右社から出ている『 桜前線開架宣言: Born after 1970現代短歌日本代表 』で初めて触れた。作者の大松達知の作品を編者の山田航は「ただごと歌」と評しているが、この歌もそう言えるだろう。

「ただごと歌」といっても、ただごとを素朴に詠んでも作品としてうまくいくかというと、そうではないだろう。この歌は『〈いい山田〉〈わるい山田〉』という書き方に工夫を感じる。
「じゃない方芸人」という言葉が普及しているように、現実的にはきっと「いい方の山田」とかそういう呼び方をするのだろうけど、この歌では語を切り詰めて表現し、『〈いい山田〉〈わるい山田〉』 というインパクトの強い文字面を作っている。このことで、あるあるとも言える事象に新鮮さが加わるのだ。

人間を善し悪しで呼び分けるというのは、いささか性格の悪さ (作者の、ではなく作中の主体の) を感じるが、繰り替えされる単語による軽妙な調べが軽いユーモアへと昇華しているような感じもする。

記:吉川

どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて 平井弘

所収:『前線』1976年 国文社

「闘う」というのは何だろう。いったいぼくは闘ったことがあるのだろうか。平成10年生まれ、1998年生まれの面子でこのブログは回しているけれども、たぶんぼくたちには「闘う」という言葉はそぐわない。「闘っ」たことがない。そりゃあ多少なりとも努力したこともあるし、人より幾ばくか少ないにせよ、汗や涙も流したことはある。

それでもやはりそれらの行為を「闘う」という言葉で言い止めるのはなんだか変な感じがする。そしてそれらはぼくたち4人から抽出したことというよりも、もっと世代論的な枠組みを与えてもよいと思うもので、シラケ世代とかさまざまな世代を経た結果、「闘う」という言葉はもう今の時代において空虚さすら言い留めないものになっていて、もう完全に記号の海の中で、他の言葉とさしたる差異もないまま、別に気恥ずかしさも感じずに使える言葉になっている気がする。

まあ文脈が唐突だろうと言われればそうなのかもしれないけれど、例えば顕著な例としては、テクノポップユニット・Pefumeの8thシングルの「Dream Fighter」(作詞は中田ヤスタカ)の歌詞を見てみてもよいだろう。

最高を求めて 
終わりのない旅をするのは
きっと 僕らが 
生きている証拠だから
oh! YEH! 
現実に打ちのめされ倒れそうになっても
きっと 前を見て歩くDream Fighter

「Dream Fighter」Pefume 2008

最高を求めて終わりのない旅をする」なんていうのは、マックス・ヴェーバーを引くまでもなく資本主義の倫理そのものであり、その文脈の中で、つまり資本主義的なエスタブリッシュメントへの積極的な参与それこそが「Fight」になっている。しかし、本来というか、少なくとも1960年代においては、「闘う」というのは、資本主義的なものや、既製の権威を打倒することこそが「Fight」であったはずであるから、中田ヤスタカの歌詞においては左翼的な「Fight」が簒奪されているのである(むしろ、だからこそ時代を捉えているのですごいのだ)。

そして、浅間山荘事件などが顕著であったけれども、結局全世界的に学生運動が自重によって潰れてしまい、「闘う」なんてことはもう真面目に考える人が居なくなって、むしろ「闘う」仕草をどれほど軽妙に避けるか、しらけるか、醒めるか、こそが大事になってゆくーーそういう時代への入りはじめの歌として、〈どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて〉は、読まれても良いのではないだろうか。もはやどんなイデオロギーも胸を張らせてくれはしない。連帯としての闘いは終縁を迎え、個人の為の闘いしか成立しなくなる。そして、平井弘の歌中の主体は、おそらく個人の為の闘いの仕方を知らないからこそ、このように狼狽るのである。

平井弘は

男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる 

『顔をあげる』より

などで知られる1936年生まれの歌人。俵万智や加藤治郎ら口語の歌人への影響を穂村弘は指摘している。

記:柳元

わあわあと/みあげている/ありあまる/あおぞらのあおが/おもしろい 早坂類

所収:『早坂類自選歌集』(RANGAI文庫 2019)

『ヘヴンリー・ブルー』中の一首。本来は縦書きだが、近づけて記せば、

  わあわあと
 みあげている
  ありあまる
   あおぞらのあおが
    おもしろい

となっている。(横書きにすると鳥みたいに見える)

 私は浅学のため早坂類について全くといっていいほど知らず、ニューウェーブの世代であることと、『風の吹く日にベランダにいる』の〈かたむいているような気がする国道をしんしんとひとりひとりで歩く〉、〈海からの風みたいだなごうごうと通過電車に吹かれてみんな〉、〈カーテンのすきまから射す光線を手紙かとおもって拾おうとした〉など有名な歌を記憶しているだけだった。そのため、あとがきに書かれているように、口語に徹するようになった経緯や、青木景子名義で詩をやっていたり、吉増剛造選でユリイカの新人になっていたりを知らなかった。
 そのため、この『ヘヴンリー・ブルー』の歌が私の中の早坂類のイメージと全く違っていて、こんなに柔軟で浮遊感のある詩的な作品が多いとはと驚いた。

『現代短歌のニューウェーブとは何か?』(書肆侃侃房、2020)を確認すると、ニューウェーブの揺りかごとしてのインターネットを回顧する内容の文章の中で、歌葉に感化されて応援の意味も込め写真歌集として『ヘヴンリー・ブルー』を出したとある。写真家・入交佐妃と費用を半々で出版したとのこと。
 実際にその歌集が手許にあるわけではないため何とも言えないが、そういう時代の感覚を考えると、納得がいく気もする。

『ヘヴンリー・ブルー』の中では(自選されたものであるので全体は見れていないが)、同じ言葉がバグを起こしたかのように繰り返されるものがいくつかある。

  なにもないすることがなにもない何もないです 前略かしこ
  黒色の落書きは叫ぶ わたしを消してわたしを消してわたしを消して
  こなごなの夏の終りのはじまりの、ひかり、ひかり、ひかり、ひかり、ひかり

 リフレインというよりは、バグったみたいに見える。執拗なほどの繰り返しに詩的な怖さがある。こういうところにインターネットというものを考えると読みやすくなるのかもしれないと思う。
 また、多行作品がいくつか見られる。

  まっすぐにまっすぐにゆけ
            この夏の終りの道を
              たったひとつの

 これはおそらく小野茂樹の〈あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ〉(『羊雲離散』1968)を軽く踏んでいるだろう。ストレートに読めば、歌謡曲のような応援メッセージになる。最後が倒置されて、多行の形を取ることで、「たったひとつの」が、「夏の」だけで引っ張ってこられたかのような感触を産む。夏、といえばあの歌ですよね、みたいな感覚で。よく考えれば、「まっすぐにゆけ」も、表情をこちらに見せることもしないで、というふうに読んでいくこともできるが、言ってみれば雑な、即座に思いだしたかのような「たったひとつの」が面白い。

  疾駆する。
    ブレる。
  無尽蔵の
  背景になる。


          諸々了解。
          諸々OK。

 この一首はページをまるまる使って書かれている。個人的に早坂類の短歌の中で一番好きな歌である。おそらく、何も知らないままで、この歌に出逢っていたらぽかんとしてしまうところだったと思うが、詩を長いことやっている(小説も書かれているが)ことを思うと、スムーズに理解できる。こういう、やわらかい型の使い方、言葉の操り方が出来る人なんだと知れてよかった。
 写真歌集ということに目配せされた一首なのだろう。「無尽蔵の/背景になる。」はパワーがある。先ほどのインターネットのことも思わされる。「諸々了解。/諸々OK。」も、オチとして不思議で、勝手に話が進んで、勝手に合点がいっている主体という妙な置いてけぼり感(にしては不快ではない)がある。先ほど引いた「前略かしこ」もこれに似ている。

 ここで最初に挙げた〈わあわあと〉の話に戻る。こういう、空が「ある」ことの面白さというか、空を見つめ直して感嘆するという作品は俳句・川柳・短歌・詩に山ほどあるだろうし、この歌もそこから大きく抜きん出ているかと言われればそれほどでもない作品だとは思う。ただ、「わあわあと」の入り方の秀逸さと、「みあげている/ありあまる」の展開の仕方、「あおぞらのあおが/おもしろい」という素直な言い方が、ちょうどよく相まって、心地いい巧い作品になっていることは間違いないと思う。

 川田絢音の詩の一節、〈青空に 近い広場で/好きな人を/ひとりずつ 広場に立たせるように思い浮かべて/酢みたいなものが/こみあげた/ここで みんなに 犯されたい〉(「グエル公園」より一部、『ピサ通り』1976)を思いだす。青空には何か、素直な感情を吐露させるような力があるのかもしれない。
 早坂類の短歌を、詩を強めに思いながら読むと新しい発見が幾つもある。また折に触れて歌を鑑賞できればと思う。

記:丸田

どんな三角形にも黒猫が似合う 罪あるかぎり 罪あるかぎり 我妻俊樹

所収: 『足の踏み場、象の墓場』(「率10号」誌上歌集 2016)

 三角形と黒猫の語の衝突と、「罪あるかぎり」の繰り返しがおしゃれで強烈。三角形に黒猫が本当に似合うのか? と考えるところから読者は出発する。

 三角形と黒猫と罪。私の浅い知識を辿ると、直ぐに思いつくのは推理小説の、森博嗣『黒猫の三角』。瀬在丸紅子のVシリーズの一作目にあたる。私の中でこの三つの要素は、どうしても推理小説にむずびつく。ミステリ最初期の作品である、ポー『黒猫』も思いだされる。これによって今でも黒猫が登場する推理小説があるが(個人的に一番強烈な黒猫は、麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』)、そういう空気感を「黒猫が似合う」で捉えていると感じた。
 そこで見ていきたいのが「どんな三角形にも」の部分。(三角形といったら黒猫だ、というような親和性の高さやそういう習性があるのであればそれで解決するが)私の中には三角形と黒猫が直通で繋がるものは推理小説しかなく、下の句の展開からもそれが誘導されているようにも思う。そのとき、「推理小説には黒猫が似合う」(またはその逆)はスムーズに通る。そして、海野十三「三角形の恐怖」、内田康夫『不等辺三角形』のようなものを思うと、「推理小説には三角形が似合う」もまあ通るかと思う(綾辻行人『十角館の殺人』のような多角形の雰囲気も加味して)。その中で「三角形には黒猫が似合う」だけは、通らない。森の『黒猫の三角』はあるにしても、「三角形には黒猫が似合う」の一文だけであれば、不明度が高い。

「どんな三角形にも黒猫が似合う」。「黒猫には三角形が似合う」、ならまだ個人の感覚度合いが強いが、「三角形にも」となると倒錯している。それに、「どんな黒猫にも」なら黒猫の多様さが想像できるような気もするが、「どんな三角形にも」と言われると不思議な感覚になる。三角形、と言われて思い描くのは正三角形のようなシンプルなもの(概念というか、イデアというか)で、そこに「どんな~にも」が付くと、頭の中の三角形がぐにゃぐにゃと変形してくる。それに黒猫が似合うと言われれば、混乱が極まる。

「罪あるかぎり」。この一言によって、絶妙なバランスで上の句が存在できたのだと思う。推理小説という言葉を出さずにその風味を醸し出すことで、透明になった「推理小説」が、「三角形」と「黒猫」を繋ぎ、「どんな三角形にも黒猫が似合う」が成り立つことになる。言葉同士の衝突の結果を、既に分かり切っているかのような配置で、ものすごく几帳面で、親切で、でも少しあくどいような主体(引いては作者)が見えてくる。

 ただ、二回目の「罪あるかぎり」は、纏っている空気が違う気がする。念押しのように、本当に「どんな三角形にも黒猫が似合う」のだ! と言いたいのではなくて、もっと不穏なもの……。探偵が、殺人事件が起きた村に入って最初の村人に言われるときの感じ……。もしくは悲痛な事件の解決を迎え、主人公が悲嘆にくれて呟いているような……。

 言葉のバランスや表現にこだわられたスタイリッシュな一首のようにも思うが、同時に、言わざるを得なかった辛さのような余韻もある。平凡な日常のようにも思うし、大きな事件が終わった後の独白のようにも思う。安定しながらも凄く不安定な、魅力的な一首である。

記:丸田

きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある 正岡豊

所収:現代短歌クラシックス03『四月の魚』2020 書肆侃侃房

「きみ」という二人称で呼びかけるように書かれ始めたこの歌が、なにかとても優しいものであるように感じられるのは、「きみがこの世でなしとげられぬこと」があるという、ぼくたちが生きていく上で抱え込むある種の不可能性を前提にしている点だろう。何かを選ぶということは、何かを選ばないことであり、何かを諦めるということである。ああ、この世にあまた存在している妥協と挫折よ。

幾つもの夢を諦めてゆかざるを得ないということが、人生のもうひとつ名前であることは、ペシミストの言い分かもしれない。けれども、夢を諦めるしかなくなったとき、そのありのままを肯定せんという態度にはやはり心惹かれる。この歌にあるのは、安易な共感や同情ではない。この歌には、敗者の側から、夢を諦めざるを得なかった人に対して、労わるようなまなざしがある。

「もえさかる船」という具象は、そのために用意された措辞だろう。水の上をたゆたうやさしげな舟のイメージと、その舟がもえさかるという背反的なイメージが準備されていて、そのアンヴィバレントな心象風景こそ、諦念の安易な肯定ではない、誠実なより添いであるように思う。夢破れた人が、物事が上手くいきさえすれば注いであろう熱量を一心に引き受けて、身代わりのように炎上する、異界に浮かぶ一艘の舟。その炎のやさしいゆらめきこそが、なしとげたかった未来に対する、唯一の供養となる。

記:柳元