金沢 平野皓大

 金沢  平野皓大

北国や雪後の町をいくつ抜け

南天の葉の浮きさうな寒の雨

雪だるま百万石のどろまじへ

梅咲かす川淋しくて明るくて

ほつそりと加賀の軒端の雪雫

この国の鱈を昆布で〆るとは

木の芽風入浴剤を撒いてみん

餅食つてちらつく粉は粉雪は

雪吊にいつしかの鳶腹を見せ

駅のまへ雪吊の丈そろふなり

ふたつ 吉川創揮

ふたつ      吉川創揮

咳く度に閃く池があるどこか

猫の目の現れて夜の底氷る

 映画『花束みたいな恋をした』 六句

観覧車を廻る明滅息白し

汝と歩く二月世界を褒めそやし

黙に差す春の波永遠の振り

つくづくしあんぱん割るに胡麻こぼれ

夢ふたつ違う夢にて春の床

地図の町名に汝の名つばくらめ

日・日陰蝶の表裏のこんがらがる

空のまばたきに万国旗を渡す

めまい  丸田洋渡

 めまい  丸田洋渡

ふしぎな舌もちあげ春の水琴窟

足は汀に飛行機のおもてうら

子どもにも大人のめまい蝶撃つ水

片栗の花サーカスのはなれわざ

とつぜんに雪の術中小さな町

岬の密室どこまでが蜂の領域

輪のような推理きんいろ函の中

騙りぐせある蜂に花史聞くまでは

水景に祠のきもち誰かの忌

桜ばな樹の怪ものの怪ゆめみるとき

鱒神  柳元佑太

 鱒神  柳元佑太

神學や湖底輝く鱒の國

雪燦燦鱒水流に操られ

書庫寒し禁忌なる書を封じられ

寒流に仕へて久し鱒の王

獵犬の群れに混じつてゐる仔犬

老神父幼なを愛す暖爐煌煌

天命や氷の下を泳ぐ鱒

寒き陽を亂反射せり鱒の群

鱒と倶に氷漬され蒼色素

ストア的平靜をもて藥喰

模造  平野皓大

 模造  平野皓大

へべれける一人二役年籠り

寝正月胃と懐におなじもの

ありんすと廓の燃ゆる初鏡

姫始血潮柔らかなるめぐり

綿虫や林京子を読みながら

なま肉の炎に縮む布団かな

雪眼鏡模造の月の青ざめる

呆然のそのまま棒へ風邪籠

電球もむき出しにある初詣

冬帝に首晒しても包んでも

火  吉川創揮

 火    吉川創揮

うわの空うつくしくあり十二月

蒲団敷く藏の二階のがらんどう

一つ戀延々とあり針供養

湯に潛る頭に柚子のあたりけり

藥甁ずらりと夜や年送る

火桶抱く部屋に昔の雑然と

かくれんぼの鬼の納戸にゐるからは

爪光る火事のはじまりはじまりに

凩と足音よぎる眠りかな

火の縦に山の眠りを走りけり

Aphantasia 丸田洋渡

 Aphantasia  丸田洋渡

四季周回 心的レコードの蒐集

蝶が溶ける世界の溶け方を見ている

誤作動が紡いできたし継ぐつもり

水の多寡みている鴨と白鳥と

夢のなか雪のように来た郵便物

氷橋いつかの天国のあらまし

一対の鷺の想像力に賭ける

鶴もつづいて球体に そしてそして

見えにくい梯子の見えにくさについて

知的なふるまい詩的なうるおい貂を連れ立つ

 *蒐集(しゅうしゅう)、鷺(さぎ)、貂(てん)

庭師禮讚 柳元佑太

 庭師禮讚  柳元佑太

夜明まで詩書く花車なる身體もて八重垣造れその八重垣を

花と樹を從へしかば君の邪氣活潑無比か庭造らむに

丁寧な生活欲す消費者は倣へ毒杯仰ぐぷらとん

天使等の戀わずらひは輕症いから H,He,Li,Be, 氣樂なものさ

天使とて神神の遊擊手なればMerry Christmas! Merry Christmas!

庭師兼天使拂ひを招き入れいたちごつこの永遠愛撫

くれなゐの雌蕊雄蕊も性器なれ中庭に集ひ天使錯亂

呪禁もて天使去らしむ最高の雪降る庭の亂反射光

枝切鋏たはぶれに振る君が統ぶ月の面の海蒸發も

超現實主義者も儚く逝きて草濤に炭化麒麟の燃え殘り立つ

 *中庭(パティオ)

おもかげ 平野皓大

 おもかげ  平野皓大

大川のゆらゆら灯す昼障子

凩が美味き魚をもたらせし

皸や温のコーヒー缶を得て

雪の日を歩けど廓は昔なり

燃えさうな匂ひの酒よ枯柳

湯豆腐や好いたる人の俤も

電力のくもり一面雪見酒

飲食の暖簾をぬけて息白し

あかあかと宴の色や暦売り

ぬけがらの白の鼻歌置炬燵

正面 吉川創揮

 正面  吉川創揮

冬木の輪郭のありあまる乱立

砂時計冬の日にこの響きかな

落葉掃く時々に蛾の翅や腹

霜夜部屋そのままが液晶にあり

十二月扉の中に鍵の鳴る

空風にひらめく建築の途中

窓拭きのこんなにも冬夕焼かな

雑然と蒲団干されて向かいが家

雪二人うつとり黙りゐたりけり

後ろの正面の前にある枯木