所収:「noi」vol.4
涙はほしいまま流したり止めたりすることが出来ぬ。むろん噓泣きとか演技の涙というものはあろう、意識して涙を流すことは出来る、しかしそれは涙ではなくて単なる水に過ぎぬ。
涙とは、言葉の網目がこころのうちに感情を発見するよりも先に、頬につめたくつたう感触でわがこころの機微を教えてくれるものだ。感情はいつも涙に遅れて見つけられる。遅く来た理性の言葉によって名前が与えられる。
涙がいつもいちばんはやい、嬉しいとき悲しいとき悔しいとき、感情的緊張に立ち会えば、涙という機構はいつもそれを素早く感知して、わたしに知らせた。涙はこころの下部組織でない。涙は涙として独立し、迅速に動いた。涙はなにより涙を流す主人を慰めんとして、一番先に駆け付けた。涙はこころの換喩として美しいのでない。涙はそれ自体のはやさをもって美しいのだ。
ブルーデージーはキク科フェリシア属の植物。ブルーデージーという名前がついているけれどもデージー(雛菊)とは種類が異なるようだ。淡い青がほっそりした花弁にやわらかく行き渡るさまが優しい。
記:柳元

