




自選五十句 平野皓大
春の日を浅くつくして豆腐桶
雲も木も左へ走り馬糞風
若駒や夢中を生れ来る如く
絵踏へと風に遅れてついてゆく
薄氷をあくびで揺らし布袋尊
落第や鯉のやうなる髭が欲し
一幅の半ばに孤舟田螺鳴く
馬むかし宛なく走る椿かな
のどけさに人集りあり馬賭博
好きな虫集めてゐれば大朝寝
春闘を官庁街の側から見
凧日和体操をしてゐたりけり
回廊の冷えてあるべし灌仏会
人去りしあとの寂しさ涅槃仏
花時をほとんど本へ神田川
雑木を愛し桜を守りけり
十薬の花ふつくらと上を向く
暮らしつつ径を覚えて河鹿笛
夏燕渚疲れの人びとへ
学問の雲の重なり立葵
すーつと来て朝顔市の風貌に
遊ぶ蛭はたらく蛭を考へる
夜釣人水虫のこと楽しげに
夢に人現れなくて水中り
来るものは来て宵宮の席余る
太陽のあらねど暑し瓜膾
その攫ふ肉が最後やバーベキュー
敗戦日クロール疲れ腕に脚に
国またいつか一枚の秋簾
秋雲のこの大きさは二人掛け
相撲観覧予定あり屍に
馬券散る秋晴の牝馬をたたへ
ゐてくるるそちらも秋か月の道
君からも見ゆる芒を飾りけり
衣被ながき梯子と仕事して
きちきちや掘り捨てられし芋を踏み
幽人枕蟲跳びまはる跳びまはる
糸瓜や母親はふと蛇のかほ
虫老いて喜怒哀楽を自在にす
北吹くや亀はぽつくりゆくものと
その人の愛せし玩具日短
かく引けと大根引に手を重ね
寒灸心が泣いてゐる人に
日が通り風が通りて竹瓮かな
毛糸編む心の翳り小さくし
初空に糸の流るることすこし
長く浮く三日の凧の渚かな
寒稽古雑巾掛をみしみしと
絵襖の虎のごろんとしてゐたり
あたたかし寝物語に象が出て

