所収:『銀河を産んだように』(砂子屋書房、1994)
プラネタリウムに行った経験は1度か2度あり、それも幼少期のことだから、ほとんど記憶にない。なんとなく、大人になったらいくらでも、休日にプラネタリウムへお気軽に行けると考えていた。実際成長してみると、プラネタリウムがそこらじゅうに無いことも、あったとしてそこへ行く休日もそれほどないことも分かってくる。だから、私の中のプラネタリウム像は未だにその時のままで止まっていて、良い感情も悪い感情もそこにはなく、ただ人造の星とその解説を見聞きする素敵なうすぐらい空間 というイメージしかない。
この大滝の歌は、上の句が「なんらか」「解決策」「ある」とア段の軽快なリズムで続き、「プラネタリウム」というロマンチックな語の登場を歓迎しているような印象がある。韻律面では。一方、内容面では、「解決策のあるごとく」とあるため、いま主体にはこれという解決策が無く、ぼんやりと悩みを抱えていそうな様子が描かれている。
この序盤の韻律の軽快さ・単調さが意味の暗さと食い違っている微かな違和感が、下の句の破調で増幅されることになる。/「プラネタリウムの」「とびらへよりゆく」で88になっている。扉へ寄っていくその瞬間もまだ、有効な解決策が思い浮かんでいない。その時の足取りの遅さ。文字面では非常にシンプルな歌だが、感情の機微がうまく韻律と合致している、豊かな歌であると思う。
この歌、私は最初三句目を見間違えてしまい、「あるごとき」として読んでしまって、あとから気付いて読みを変えた。それによって気づいたことだが、もし「ごとき」であれば、上の句の内容は直後の体言である「プラネタリウム」にかかるため、この「扉」を開けばなんらかの解決策が得られそう、という希望のある明るい歌になる。しかしこの歌は「ごとく」であり、用言である「寄りゆく」にかかるため、解決策がありそうで無い歩み、を表す。
ということは、この歌で「扉」へ寄っていって、それを開くということが、どういうことを表すことになるのか。扉を開いて、プラネタリウムの空間を脱すれば、解決策が手に入るのか、入らないのか。そもそも、解決策が欲しくてプラネタリウムに入ってきたのではないのか。このまま解決しないまま扉を開いて出ていっていいのか……。/三句目が「ごとく」であることによって、希望とも焦燥とも取れる状態で歌が保存されており、その空気感が私は好きだった。
ここで一つ、書きながら気づいたことがある。太字にした部分について。私はどうやら無意識に、この歌を【プラネタリウムに入って観終わった後、出ていくために扉へ寄っている】という景で読んでいる。しかし、自然な気持ちで眺めてみると、【悩んでいる主体が、解決策を見出すためにプラネタリウムに今入ろうとしている】という景の方が多数派なのではないか、という気がしてきた。これから出る歌なのか、これから入る歌なのか、どちらが妥当なのだろうか。
私が、これから出る歌として読んだ要因を書きだしておくと、最大は「あるごとく~寄りゆく」の部分である。これから入る人が、「寄りゆく」と言うだろうか、と思った。解決策がそこにありそうだと思ったのなら、これからロマンチックなプラネタリウムに入るなら、悩んでいるといってももう少し歩みは滑らかなんじゃないか。「扉へ向かう」でも「扉へ歩く」でも良かったはず(その方が定型に収まるし、「歩く」なら「あるごとく」と韻も踏める)。しかしここがわざわざ時間を取るような8音であることが、なんとなく入場ではなく退場だと思わせた。/もしこれが、「あるごときプラネタリウムの扉」だったら、入場だと考えたと思う。扉を開けることの期待があるから。/あとは、(そこまで意識してはいなかったが、)仮に恋愛を下敷きに考えた場合、「プラネタリウムに行ったら解決するだろう」よりも、「プラネタリウムを二人でも見てもなお解決策は見つからなかった」方が、より面白いと思ったから。そしてその暗さを、この歌に直感で感じ取ったと言える。
入出場どちらなのかという読みは、各読者の頭の中で広げていただきたいと思うが、私はこの歌はうすぐらくてとても好きである。小さな星のように「解決策」という漢字三文字が光って見える。ただしその足取りは暗い。
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当該歌集は、再収録されて短歌研究文庫から発刊されており(『「銀河を産んだように」などⅠⅡⅢ歌集』)、入手しやすくなっている。個人的には大滝は第二歌集である『人類のヴァイオリン』がお気に入りで、ぜひ読んでいただきたい。以下好きな歌。
良いほうに解釈してもヨーグルトに砂まぶしたる味がしている 『銀河を~』
子を売りて人形を買う母親のいずこにかあるごとく雨降る 『人類の~』
このノブとシンメトリーなノブありて扉のむこうがわに燦たり 同
わたくしの風の眠りを食むようにセロリスティック、コーンフレーク 同
夕風にチェックスカートひろがりてわが踏みている階段見えず 同
声帯をなくした犬が走りゆく いたしましょうねアジュガの株分け 『竹とヴィーナス』
記:丸田

