Clarity 丸田洋渡

 Clarity  丸田洋渡

月は骰子ひと睡りして賭ける

    ○

雨が好き 空気一変する感じ

バイオリンみたいな夏至のお弔い

鼓笛隊が霊柩車を横切る。

ひやかせるだけひやかして蝶は夜

ふうりんの表裏と病理 ふうりんの

白鷺大通り誰の趣味の音楽

生まれそう蜂を殺してしまえる曲

洋楽の狂ったギター/狂った秋の

憑かれた雨一人なら歩かない道

     ○

死が待ってる バス停に指からませて

廃病院→動物園前→噴水跡

近未来が楽しみな時代は終わった

夏の死去思い出せないほど激務

不凍港にはほど遠い冷蔵庫

ときに好意は昆虫の動きで起こる

秋風や霊が心臓を脱ぐとき

錯覚のあなたが錯覚に気付く

月に兎聞きあきた箴言を思う

空中にぶらんこ一つ置いてある

ひつじ雲こころ渋滞しはじめて

夢にも夢をみている町にもぼたん雪

間欠泉しぶとく生きていかなくては

    〇

あなたって誰のこと幕間の薔薇

    〇

書きながら笑いそう桜云々

善悪はほんと曖昧スワンボート

あなたから架空のメール架空の季語

月の燦流行り廃りのある言葉

文字で視る空の庭・火の劇・藻の季

おどろきの短刀で刺す花火の橋

ふるえる葉ふりきる刀ふりくる雪

大陸に雪の機巧いつになく

どこか奇妙で妙に愛おしい砂漠化

絵には絵の暗喩があるからなあ 泉

この世の文字読みすぎるのもほどほどに

    ○

平和平和で盛り上がる鍋蓋に水

錆び付いた自転車で銃撃戦を見に行く

殺人はいともたやすく春が来るはず

復たとない毒の絶頂うつくしく

今は死後忌わしいひまわりを尻目に

    ○

醒めながら痴れて古典的なダンス

夏の皮膚まだ遠い天使の出番

電波塔 立体で蘇る夜

そよかぜの長い歴史に触れている

吹けば飛ぶ四季の指環をくすりゆび

透けてくる原風景に千の錠

考えたあとは葡萄樹で休むよ

歩きだす風の教唆を受けながら

胸中を月の客船流れつく

    ○

あなたから雨になる雪が降るから

やわらかい石  丸田洋渡

 やわらかい石  丸田洋渡

知りすぎた犬の向こうはとめどない雲

竹を鈴ひびかせて来る犬の鬱

碁の部屋にせせらぎがせせらいでいく

白い木の白いもてなし過学習

今に夢へと落ちるペンギン極楽鳥花

詐術なら狐に教わった ひねもす

花に雨花に筆才たゆまぬ努力

火星研究おしよせてくる霊の恋

風で解く雲のしがらみ半夏生

やわらかい石の季節を踏み歩く

Rumble 丸田洋渡

 Rumble   丸田洋渡

かたつむり真っ逆さまのシャンデリア

これもまた宇宙のオルゴールに当たる

蛸が蛸で線路が線路でよかったよかった

まるで疾風透けていて子どもたちって

毒の小瓶 光の小瓶 そのスケッチ

蛾のせいで踏んだり蹴ったり蛾のきもち

空もまた拷問される側 晩夏

棋士黄昏馬はいつかの葉桜の下

夜とはいえ 氷山を考えぬいた

闇で合う星の帳尻こんぺいとう

樹になる  丸田洋渡

 樹になる  丸田洋渡

あちこちに林間学校の名残

変声の植物のような段階

りりかるに林立と落葉を聴く

古い風に惚れ惚れの蜘蛛が揺られる

円了忌空間で人擦れちがう

となれば誤記 夢中夢を増殖する鏡

まぼろしの空の鳩尾ながびく雨

樹の裡に在るああ空鳴りの反射炉

うつらうつら樹になるバグの五月を迎え

倚りかかるいま夏を夢みている樹に

*鳩尾(みぞおち)、裡(うち)、倚りかかる(よ-りかかる)

錆  丸田洋渡

 錆  丸田洋渡

ゆきやなぎすべての車引き返す

木には木の病空には空の餐

紙匂う椿めくれる大きな手

行きとどく花のからだに鳥の恋

そこにゆれる知子どもたちは雪を催す

凍滝と同じやり方で 話す

ヒヤシンス声錆びてきて夜な夜な研ぐ

天にある楽器・楽器屋・御茶ノ水

この世この夜サイダーを花茎で飲む

空間大切ぴったりと蝶いることで

Ghost in the Flower  丸田洋渡

 Ghost in the Flower  丸田洋渡

熱さめて雪に英文法を見る

風ぐるま友だちの訃を聞きながら

花にかげ彼に彼らが憑いている

春嵐そして花と霊のいきさつ

花に霊重る十年前のラジオ

花ふる曲わたくしたちは傘の指揮者

怪談がいよいよトンネルに入る

机にはすみれ文字化けの液晶

考えは風につつぬけ金鳳花

引越しの花から花へ花畑

 ※重(だぶ)る

めまい  丸田洋渡

 めまい  丸田洋渡

ふしぎな舌もちあげ春の水琴窟

足は汀に飛行機のおもてうら

子どもにも大人のめまい蝶撃つ水

片栗の花サーカスのはなれわざ

とつぜんに雪の術中小さな町

岬の密室どこまでが蜂の領域

輪のような推理きんいろ函の中

騙りぐせある蜂に花史聞くまでは

水景に祠のきもち誰かの忌

桜ばな樹の怪ものの怪ゆめみるとき

Aphantasia 丸田洋渡

 Aphantasia  丸田洋渡

四季周回 心的レコードの蒐集

蝶が溶ける世界の溶け方を見ている

誤作動が紡いできたし継ぐつもり

水の多寡みている鴨と白鳥と

夢のなか雪のように来た郵便物

氷橋いつかの天国のあらまし

一対の鷺の想像力に賭ける

鶴もつづいて球体に そしてそして

見えにくい梯子の見えにくさについて

知的なふるまい詩的なうるおい貂を連れ立つ

 *蒐集(しゅうしゅう)、鷺(さぎ)、貂(てん)

Overlap 丸田洋渡

 Overlap  丸田洋渡

秋も冷えて針を正確に思う

嘘ですが水族館がありました。

鮫のことなら雰囲気として判るよ

霜夜はるか流線形の流行ったころ

舌禍と句 話すの上手いね昔のこと

柚子湯夕ぐれ失踪も死あつかい

牡蠣鍋や転生を確かめあった

夢という大きな疲れ得て狼

雪の日の気分は火 死なないでいたい ね

鳰ふたつの椅子のように凛

 *鳰(かいつぶり)

儀後 丸田洋渡

 儀後   丸田洋渡

儀のなかの奇術しかるべきときに鷲

十六夜の身の欠損に新たな身

半癒半壊人と鹿入り交じり

角見せて錯覚の木の裏を鹿

罰すこし快ひとりでに洩れだす葡萄

枝豆に眼一回転する思い

水と子と水の子のくるおしい舞踊

光には光語があり長い吐瀉

虚実ある雪の虚に腕朽ちてゆく

伝承を激しく理解した 雪月花