鯨・蝶/文体練習Ⅰ 丸田洋渡
生きていることはいいことでしょう/約束なしで逢えるもの/約束したら逢えないもの/生きるも死ぬも偶然よ/出会うも去るも偶然よ/くやしかったら二度死んで……
新藤凉子「木の葉一枚」より抜粋
〇
旅ね 考えて花の道を歩けば
オルゴール靴が道路を磨り減らす
桜にものさし翳したりした一日。
思い出を売って暮らして烏貝
たそがれの椅子に座っているのは誰
時よ 拡がり洩れる葡萄色の水
生きて 車が 坂を下っていく 暑さ
三枚の窓の間に鯨と蝶
からっぽが風船を突き動かすよ
導火線みえるところに羊雲
ひこうき雲も雨をもたらす秋の手紙
ひらめきが幼児を川へ走らせた
短いわ 生は 聖なる獅子は夜空
○
奇妙に明るい時間衛兵ふやしている
空に遺書冴えさせサーチライトの青
妻と帰る波の存在こころにとめ
阿部完市『絵本の空』より三句
〇
インターホンに眼球 発狂の蝶の
のめりこむ喇叭の怪奇かたつむり
霊ともくれん門の内側ゆたかな家
うかうかと人は殺されスイート・ピー
みくびると牙を剥く蝶いまの哲学
取りあげて言うこともなし夜はうつくし
妙な閃光変に覚えて良いおもいで
ふくらむ恋が観どころ中期から後期
あなたから獏の話が始まるとは
麒麟の乱起こせ台風はメロディ
あおぞらを蓑にしておとろえていく
水の泡すべてがすべて水の中
蝶は鯨乗っけたりして動的夏
○
蝶のパズルが完成しない
発芽する脳を堪えて美術館
ひとえに私の/ひとえに苔の所為でした
代わる代わる密室に耳あてている
月光ヶ丘血管は血をもてあそび
桜の印象化を止める術はない
地下に抱擁花は盛りを繰りかえす
螺旋ねじれば元の階段春の雷
鯨幕いったりきたりいったり蝶
引用:新藤凉子『ひかりの薔薇』、1974年、思潮社
阿部完市『絵本の空』、1969年、海程社