では、後から前から三菱銀行あそび 江里昭彦

所収:『ラディカル・マザー・コンプレックス」(南方社、一九八三)

俳句で銀行と言えば金子兜太、波多野爽波、小川軽舟といった面々を思い出す。兜太の〈銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく〉は銀行を詠み込んだ句として著名、引くまでもなかろうが、この江里句ほど奇妙な句もそうないだろうと思う。

掲句、まず「では、」という人を食った入りに驚かされる。〈では、後から前から三菱銀行あそび〉などと言われてもそんな遊びなどこちらは知らぬ。そういう意味でこの措辞は一筋縄ではいかないが、しかし寓意や喩を抱え込んでいるであろうことは容易に感知される。例えば銀行に列をなす客のイメージやATMが吸っては吐き出す紙幣や通帳、ぎちぎちに詰まり序列なす行員の出世競争は「後から前から三菱銀行あそび」という語から喚起され得るだろうし、あるいは後期資本主義に対しての揶揄・皮肉と捉えることも出来よう。とはいえ、もとよりこの措辞が明晰さを持たないがために単一解釈をほどこすことは困難だろうし、そんなに真面目に解きほぐす必要もないだろう。舌端に転がせば可笑しい句である。このユーモアが脱コード的な読みを促す多大な動力となっている。

ちなみに三菱銀行という行名はもうない。三菱銀行は1996年に東京銀行と合併、さらに2006年にはUFJ銀行と合併し、「三菱東京UFJ銀行」(現在は三菱UFJ銀行)に行名を変更している。江里が掲句を書きつけた時代には存在していた三菱銀行という名前が消えてしまっていることも、時間を経て意図せぬ批評性を帯びているように感じられる。

江里昭彦は1950年生まれ。「京大俳句」編集長等を経て「鬣」同人。2012年には中川智正死刑囚と同人誌「ジャム・セッション」を創刊している(なお中川は2018年に死刑が執行されている)。

記:柳元

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