風船を手放すここが空の岸 上田五千石

所収:『琥珀』角川書店1984

「これ以上澄みなば水の傷つかむ」「渡り鳥みるみるわれの小さくなり」など、上田五千石の著名な句にはセンチメンタルな味わいの句が多いが、掲句もその類といえるだろう。

「空はどこから?」という子供の問いに、人それぞれ生き物それぞれにの身長によって空のはじまりの高さは違うのではないか、と答えた。というようなエピソードを幾度か耳にしたことがある。このエピソードと掲句にはどことなく重なる部分がある。

幼さを感じさせる「風船」というモチーフと、「空の岸」というロマンティックな把握、そして「ここが」という詩的な強調が合わさることで「手放す」という語に含まれるセンチメンタルな味わいが強く引き出されている。まさに「子供時代との別れ」を感じさせる。

先ほど紹介したエピソードは子供の視点の新鮮さを感じさせるものだが、掲句はそうした「子供の眩しさ」だけでなく「大人になることへの肯定」のニュアンスも感じられる。
「岸」が想起させる海の青も、その雄大さも、ぐんぐんと昇っていく風船を包み込んでくれるのだから。

俳句の中では「空の岸」という把握に特段新規性はないと思うが、「ここが」などの表現を駆使して1句全体をロマンティックなトーンで書き上げることで、私がつらつらと小恥ずかしい鑑賞を書いてしまうような奥行が生まれている点に価値があるように思う。

記:吉川


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