緯をぬきとれば神の序列みえ異教徒のやうに明るい裁縫 山中智恵子

所収:『空間格子』日本歌人社 1957年

緯は「よこいと」とルビ。

織物を司るのは日本では天羽槌雄神である。彼女は天照大神を天の岩戸から誘い出すために織物をした神である。また希臘神話で織物を司るのはオリュンポス十二神のアテナ。アテナは人間アラクネーと織物勝負が伝えられている。織物が多神教的なイメージと結びつくのはこの例示だけでもある程度了解できるだろう。多神教においては女神が織物を司るのだ。一神教では神の中で分業が行われないから、多神教世界がここでは思われていると見るべきだろう。

そしてそのような神話的イメージと昵懇な織物から緯糸を抜き取れば、必然として経糸が残る。そこに束の間山中智恵子が視るのは「神の序列」。一見唐突に思えるが、縦に走る糸が暗喩として機能すれば上下関係のベクトルが思い起こされ、そこから神々の位階のようなものが想起されるのは困難でないのでないか。神話のイメージ群と瞬間の動作に類比を見出す山中智恵子の詩的筋力が「緯をぬきとれば神の序列みえ」という幻視を可能にしているのである。

普通感知することのない神の序列を見ることにより、どこか自分の信仰が揺らぐような感覚を覚えるか。あるいはそこまで行かなくとも多神教的な世界を垣間視ることにより、一神教的な世界の枠組な異化させしむる知覚が準備される。

この下準備により、下の句の具象が輝き出す。多神教的な神の序列の幻視体験が目の前の具体の織物に落とし込まれるのだ。織物の色彩が「異教徒のやうに明るい」のだと比喩が用いられ、織物にどこか開放的で健康的なエロティシズムが思われてくる。自分が信じる一神教の堅苦しい規律の息苦しさの外側にある、禁じられた快楽。偶像崇拝。不道徳。淫乱。そのような明るさが織物を彩る。束の間異教徒の仲間入りを空想しながら行う裁縫の快楽にうち浸る。

『空間格子』は山中智恵子の第1歌集である。1947年から1956年までの作品280首を採録している。序文は師である前川佐美雄。『空間格子』は数学用語で結晶体の意味。

記:柳元

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