まるめろの実に量感を与える灯 藤田哲史

所収:「俳句」10月号 精鋭10句競詠「量感」より

マルメロはイラン・トルキスタン辺りの中央亜細亜原産、洋梨の形で花梨よりもやや小振りの淡い黄橙の色合いをしている。短い和毛が全体を覆い、柔らかな明るさが輪郭をかたどる美しい果実である。

『ミツバチのささやき』で知られるビクトル・エリセにも『マルメロの陽光』という映画があり、これはマルメロを題材にする写実画家を追うドキュメンタリー仕立てのフィルムだ。

そのためかマロメロと絵画はイメジがやや昵懇である。絵画とは究極に言えば光の具合なのであるから、藤田氏が把握するところの「灯が量感を与える」という理も割合素直に呑める。色調や姿形は光ありきなのであって、光届かぬところでは全ては暗がりの中、輪郭線も現れぬまま、物質は潜在的な微睡の中に、可能性としてのみ留め置かれる。ものは形なく、むなしく、神の霊が水の面を覆う。ここでわれわれは神が発したという「光あれ」という単純な語句を思い出しても良いわけだが、光があったことで、「闇」としか名付けられることのなかった暗がりにこそ思いを致したいところだ。

灯があてられることでまるめろの窪みの中には行き場を失った闇が棲みつく。藤田氏が言うのは光の中にその闇を含み込めての「量感」なのである。まるめろは滑らかでなくある程度の凹凸があるからこそ愛されているというのはそういう意味においてである。

記:柳元

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