所収:『氷室』(1985 牧羊舎)
連歌・連句の席上、酒も入り一騒ぎしたあとで、外へ出ようと傘を探せばどうやら数が足りない。互いを疑う気持ちも起るが、先ほどまで和気あいあいと過ごした仲である。取り立てて騒ぐこともなく、傘へ誘いあって後は小話になるのみ。そうして楽しい時間は終わり、それぞれの帰路につく。
しつこいまでの江戸ぶりだが、それがいきているとも思える。内にながれる和やかな時間と、雨が降っている外との対比。それがちょっとした事件でより明瞭となる。しかし内と外は裂け目がなく、ゆるやかに接続している。それにしても失くなった傘はなんだろう。和傘だろうか、個人的には蝙蝠傘で読みたい気分になる。
記 平野