すすみ来し空間かへす一蛍火 山口誓子

所収:『青女』中部日本新聞社 1950

山口誓子の蛍の句と言えば、同じ句集におさめられている「蛍獲て少年の指みどりなり」が有名だろうか。この句とはまた違う趣が掲句にはある。

こちらに向かって飛んできた1匹の蛍が引き返していった、というだけの内容ではあるが、「空間」という語の選択がこの句に奥行を与えている。蛍の光は小さく周囲を照らし、まさに空間を立ち上げる。こちらに来た蛍がまた引き返すことで、蛍が立ち上げる空間はより強く意識され、暗い視界の中、蛍が飛んできた暗がりだけが奇妙に浮き上がる。蛍を見るという体験にある不思議な感覚、その1つを言い留めている1句なような気がする。

記:吉川

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