そんなにいい子でなくていいからそのままでいいからおまへのままがいいから 小島ゆかり

所収:『獅子座流星群』砂子屋書房 1998

 永田和宏『現代秀歌』で出会ってからもう四年ほど、良い歌だと思いつづけている。いい子でなくていい、おまえのままがいい、というのもシンプルに嬉しい(子目線で)が、それを急いで言おうとしている母の、切迫した感情に心を引き付けられる。「そのままでいい」では伝わりきらないと思った部分を、すぐに伝えようとして「おまへのままがいいから」と足す。「で」から「が」の、変更に思いを馳せると、いつでも、少し泣けてくる。
 リズムは、定型に近づけて読むと〈そんなにいいこで/なくていいから/そのままで/いいから おまえの/ままがいいから〉くらいになるだろう。ただ「いいから」の連呼と、次々に言い足していく(言い直していく)速さで、〈 そんなにいいこでなくていいから/そのままでいいから/おまえのままがいいから 〉と三分割で読めてしまうなと思う。平仮名が多いこともあり、本当に自分が言われているような(もしくは感情移入して、自分も言っているような)気持ちになる。

 ところで、好きな短歌を紹介しあう企画をある歌会で行ったとき、私はこの歌を紹介した。子供目線でも親目線でも、ありのままを受け入れる/られる温かい喜びと、親子特有の「願い」の胸の締まるような感覚が良い、とその場で鑑賞した。すると、一人が首をかしげて、「私は怖い」と言った。「何度も言ってくる感じが、そうあるように強制してくるみたいに感じて、怖い」。たしかにそうも読めるかもしれない。誰が、どういう表情でどう言っているかという映像が、こうも変わって見えるのは面白いなあとそのとき思った。愛や願いは、ときに拘束にもなる。
 ただ私は、あなたのままでいて欲しいというメッセージを発するときに「そんなにいい子でなくていい」と始まるのは、拘束になるかもしれないことを思いながら、陰ながら無理しないでねと言いたいんだろう、と思う。そこからどんどん愛情や本心が洩れだしてしまう。どうであってもいいんだという深い肯定。
 自分が数年、十数年と成長していったとき、この歌がどう見えるのか、どの思い出が刺激されることになるのかを今から楽しみにしている。

記:丸田

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