チューリップにやにや笑う星野源 木田智美

所収:週刊俳句10句作品「ウォーターゲーム」より

掲句、記憶している限りではスピカで神野紗希さんが取り上げたことでツイッターを中心にバズったはずだ。

星野源・新垣結衣が主演のTBSの火曜ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が大流行りしたのが2016年の秋冬だったはずで、発表がその終了の3ヶ月後だから日本中が「逃げ恥ロス」に包まれていたとき。話題としてもタイムリーだったといえるだろう。ぼく自身、星野源と言われるとこの句を思い出すというくらいには頭に刷り込まれていて、メディアであの顔を見るたびに「にやにや笑う星野源……」と思ってしまう。

それにしても「にやにや」という措辞が絶妙だと思う。語の本義としては少し気持ち悪い薄笑いという感じがして、あまりプラスの言葉ではないと思うのだけど、それを「チューリップ」の底抜けの明るさというか、能天気な感じで深みを増すことが出来ている。カレーにインスタントコーヒー入れて深みが増す感じというか。うまく比喩できませんけど。

星野源を知らない人はいないと思うけれど、念には念を入れて説明すると、彼は1981年生まれの歌手・俳優・文筆家と様々な顔を持つマルチタレント。ぼくはNHKの「LIFE!」というコント番組がとても好きだったので、星野源という人間はこんなにユーモラスなのかと驚いたし、それは「星野源のオールナイトニッポン」の軽妙な(時には過激な)下ネタを混ぜたやりとりを見たときにはそれが確信に変わった。でもそれは人を傷つけるような類のものではなくて、バランス感覚のよさを思ったし、それは心根の優しい人間がする配慮の感じだったから、信頼できるなぁ、と思ったのを覚えている。

ここからは個人的な星野源の思い入れの話になる。学部1年に受けたベンヤミンの講義の最終回で、そこそこ老齢の教授がおもむろに教室中に星野源の初期の名曲「ばらばら」を流して「まあこれが全てです」と言った時はさすがに衝撃を受けた。

世界は ひとつじゃない
ああ そのまま 重なりあって
ぼくらは ひとつになれない
そのまま どこかにいこう

星野源「ばらばら」

よいですよね。これ以降星野源という存在がやたらと気になるようになって、あまのじゃくなのでカラオケで友人が踊る「恋ダンス」とかは白い目で見るのだが、以下の記事なんかを見つけた日には、ああこの人ほんとに考える人だし、誠実な人なんだなと思って小躍りしてしまった。

ばらばらだからこそ手と手をつなげるのであって、ひとつになっちゃうっていうのは目的が変わってきてるんじゃないかなって。


「ばかのうた インタビュー」より
https://www.cinra.net/interview/2010/06/25/000000.php?page=4

すごくないですか。星野源。

記:柳元

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