ヴァージニア・ウルフの住みし街に来てねむれり自分ひとりの部屋に 川野芽生

所収:『Lilith』2020 書肆侃侃房

ヴァージニア・ウルフには『自分ひとりの部屋』(A Room of One’s Own)という書物があって、これはイギリスで男女平等の参政権が認められた1928年、ケンブリッジ大学の若き女子学生たちに向けた講演をもとに構成されたものであり、フェミニズム批評の古典として再評価が進んでいるものだ。直接的な批評というよりも、虚構の人物の思考のあとを再現するような語り口でウルフの知性そのものが筆をとっているような豊かさがある。

わたしにできるのは、せいぜい一つのささやかな論点について、〈女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない〉という意見を述べることだけです。(ウルフ『自分ひとりの部屋』片山亜紀訳 平凡社ライブラリー p10)

ウルフのこの書物のタイトルの意味するところはこの一説を読めば分かる通り、女性の経済的な自立、環境的な変化が無ければ女性が小説を書くことなど出来ないのだ、と述べる。

シェイクスピアはグラマー・スクールに通わせてもらえた。ではシェイクスピアに文学に目覚めた妹がいたら、彼女はグラマー・スクールに通わせてもらえたのか?以上のような思考実験を踏まえて、軽快にウルフは語る。

結局、自室を持てるほどの経済的な豊かさと周囲の理解が女性を支えない限り、彼女がどれほどの才を持とうとも、彼女の筆がしたためたものが正当に価値を認められることは、まず無いのである。(男性はほとんどの場合自室どころか、煩わしい家庭から一時的に開放される別荘すら持てたのに!)

さて、川野の歌はもちろんこれを踏まえていよう。「ヴァージニア・ウルフの住みし街」はロンドンなのか、あるいは別の町なのか、ウルフの伝記的事実に明るくないから判断を控えるけれど、それはさして重要な事柄ではないだろう。ここで考えたいのは、旅行で訪れた宿で眠るときに、自分ひとりの部屋が与えられていたということだ。もちろんここでは、旅愁も手伝って自分の来し方についての思いが巡らされているだろう。おそらくそれは、20世紀初頭を生きたウルフよりは恵まれた環境にある自分についての思考のはずで、旅先だけでなく日常に戻っても、作中の主体には自分ひとりの部屋が与えられており、自室にはそれなりに書籍の詰まった本棚が置かれているはずである。主体が行っているイギリス旅行のような海外旅行も、20世紀初頭の女性には与えられなかったものだ(トルストイが文学的な経験を積極的に積むことが出来た一方、女性はそのような自由がなく狭い経験の筐の中で書かざるを得ないことを、ウルフは同じ著作の中で嘆いている)。これらに鑑みると、なるほどウルフよりは恵まれた環境にあるに違いない。

作中主体はいちにちの疲れに目を瞑り、身体の力を抜きながら再び思考を巡らせる。いや、本当にそうなのだろうか。ウルフよりは恵まれた環境にあるのだろうか。ウルフが20世紀初頭に言い止めている男女間の格差や不均衡は、2020年の現在、どれだけ妥当なものになったのだろう。『自分ひとりの部屋』がそれなりの鮮度を保ちこれだけ読まれる世界、フェミニズムを題材にとっていること自体が評価される要因の一つとなり、歌壇賞が与えられる世界。そういうものに対しての静かな思考の渦が、夜の底に向かって降りていくのが、この歌なのではないだろうか。

文語の律をとることが川野の歌において大きな意味をなすのは、歴史的に口語が引き受けてきた弱者の声や等身大性の伸びやかさに対して一定の敬意を払いつつ、しかしそうではない位相で、いわば「闘う」ための律であるからだろう。それは文体の選択というよりももっと社会的かつ(矛盾するようだけど個人的な)ものであり、エクリチュールの問題と言っても差し支えない。ぼくは、この態度がウルフの共有財産的な文体の選択(それでいてドルフィン・ジャンプなどの三人称の心理描写がとても前衛的なわけだが)とも非常に重なる気がするけれど、これくらいで筆を置くことにする。以下感銘を受けた歌。

思惟をことばにするかなしみの水草をみづよりひとつかみ引きいだす 
折りたたみ傘のしづかな羽化の上(ルビ:へ)に雷のはるかなるどよめき
ゆゑ知らぬかなしみに真夜起き出せば居間にて姉がラジオ聴きゐき
海底がどこかへ扉をひらいてるあかるさ 船でさえぎり帰る
ねむるーーとはねむりに随きてゆく水尾(ルビ:みお)となること 今し水門を超ゆ

記:柳元

秋茄子に入れし庖丁しめらざる 川崎展宏

所収:『観音』(牧羊社 1982)

茄子といえば瑞々しく、秋茄子ならば身がひき締まり旨味も詰まる。だから詠まれる句の多くは新鮮さに対する驚きが中心となるのだが、それはイメージに引っ張られてしまい実物が見えていないのかもしれない。瑞々しく庖丁を湿らすだろうと期待しながら切り込んでみる、と思ったよりも濡れていない。そのがっかりとした表情がかえって秋茄子という物の姿を浮び上がらせる。

もし実物が先にあるならば当然のことしか言っていないが、俳句を読むうちに勝手に作り上げているイメージがある。実際に触れてみることで違うと分かった。イメージに裏切られた、その驚き。

記 平野

レモンティー雨の向うに雨の海 太田うさぎ

所収:『俳コレ』 邑書林 2011

「ティー」「向う」の長音(という表現で合っているだろうか)の連なりが、伸びやかな印象を与える1句。

この句に書かれている行為は何気ないものだけれど、レモンティーを淹れる時間と雨が降り続く時間、そして雨で白く靄がかかる景色とその向こうに広がる海と、読み解いていくと時間と空間が静かに広がっていく。

見えない物に思いを馳せると言う行為は非常にロマンティックな匂いがするものだが、取り合わされたレモンティーが、そのロマンティックさを保ちながらも日常の何気ない風景に地に足をつけるように働いているのが非常にうまい。

文体も内容も秋のゆったりとした空気を感じさせてくれる1句だ。

記:吉川

こうねんは きょり あげはちょう いたんで いく 福田若之

所収:『自生地』(東京四季出版、2017)

 すべて平仮名で記されていることや、一字空きの連続でスピードアップ(またはその逆)していることの、表記的な面で目に留まる作品である。個人的には、字空きにはいくつかの種類があると思っていて、これはその中でもシンプルというか、意味どおりに切られているものだと思う(他には、意図的に意味や発音を破壊するために、無秩序に切る字空きもある)。ふつうの(?)形で必要とされる一字空きは、「きょり/あげはちょう」の意味が切れる部分だろう。敢えて他にも切られていくことで、連続する写真のように、切れながら(明暗繰りかえしながら)(まばたきのように)続いていく様子が想起できるようになっている。

 奥坂まやの〈芒挿す光年といふうつくしき距離〉(『縄文』2005)もあるが、「光年」という言葉の持つ美しさに加えて、美しさのもっている暴力性みたいなものにも目を向けて詠まれており、単純に蝶が光のなかにいるような美的な作品に留まることなく、光の句でありながら十分に影も感じられるような深みのある句であると思う。

 モンシロチョウのような小さな蝶であれば、傷んでいきそうな気もするが、あんなに光に慣れているような大きい鳳蝶でも、光年という「きょり」には傷んでいってしまうのは驚きがある。光に対する蝶の習性も思わせられながら、美しさとその影が同時に迫ってくる、鋭い一句であると思う。

記:丸田

縊死もよし花束で打つ友の肩 小宮山遠

 所収:『頂点』34号(出版年不明、分かり次第追記)

アンソロジーが組まれる際の政治性や恣意性に愚痴を吐き酒を煽る俳人は一定数いるようで、なるほどそれによって形成されるグルーピングが生んだ悲劇というのは確かにあるだろう。例えば一般的に昭和30年世代というときに夏石番矢が含まれないということはよく指摘されるし、夏石番矢が外されたのは俳壇政治的な判断があったのだろうという推測もよく聞く。俳壇が清らかな水の拡がるコミュニティでないことは百も承知だから、これらを一概に無益な物言いだとは思わないけど、ただこう言ったアンソロジーが産む悲劇を救うものもまたアンソロジーなのであろうし、アンソロジーはそうあるべきだと思う。

というのも掲句は、塚本邦雄の『百句燦燦』に取り上げられているものであり、恥ずかしながら筆者はこのアンソロジーがなければこの作者のことを知らないままだっただろう。小宮山遠は1931年静岡生まれで、高校在学中に秋元不死男を知り、「氷海」創刊と共に参加している。冨田拓也が豈に連載していた俳句九十九折では、斎藤慎爾や江里昭彦らが推すもののやはり現代においてはマイナーポエットと呼ぶしかないという認識を示されていて、しかしながら10代にして強靭な文体を持つ早熟な天才として広く覚えられてよいのではないかというかたちで評を付けている。

掲句も、私小説的なのか擬私小説的なものなのかは分からないけれども、そういう勘繰りは無用に思えるほどの充実がある。立ち上がる景は幾つかあって、縊死をするのが自分なのか友なのかによってぶれはするだろう。塚本も書くように、縊死をするのが自分なら、骨を拾ってくれよという意味合いで友の肩を叩くことになるだろうし、逆に友が縊死をするなら、またそれもよしと、花束で友の肩を叩くという、並々ならぬ友情としか言えない何かがある。主体がぶれるというのは通常俳句では嫌われるから、むしろよく塚本が拾ったものだと感心した。

記:柳元

入口のやうにふらここ吊られけり 齋藤朝比古

所収:『累日』角川書店 2013

ぶらんこのイメージとは非なる不気味な1句。

私は齋藤の句を『俳コレ』(邑書林 2011)でしか読んでいないので句集を読むとまたイメージは変わるのかもしれないが、端正でありながらどこか無気力、気怠げな印象を受ける。

自転車にちりんと抜かれ日短
どんど火に地球儀とけてゆきにけり (いずれも『俳コレ』より)

1句目は自転車に抜かれるというなんでもない事を「ちりん」という擬音で軽みを持って表現している。2句目は物が燃える刺激的な光景ではあるのに対し、描写は「溶ける」というシンプルな動詞と、句の温度感は1句目とそう変わらないように見える。
上記のような物事の把握、表現がどことなく大づかみな句が並んでいることで、周りの事象を少し離れてぼんやりと見る視線が見えてくる。

そんなぼんやりとした視線が異界を見つけてしまった、というのが掲句だ。〈自転車〉や〈どんど火〉の句と変わらない力みのない視線だからこそ、異界は摩訶不思議な事象のまま、より強烈な印象を残す。

記:吉川

天の川音のするまで右に廻し 岡野泰輔

所収: 『なめらかな世界の肉』(ふらんす堂、2016)

 岡野の句集を読むと、素直、奔放、あたりの言葉が思いつく。思ったことをそのままに言うことの力がある。〈音楽で食べようなんて思ふな蚊〉、〈菊膾こつこつやる人がえらい〉、〈花冷えや脳の写真のはづかしく〉など。それがあまりに素直すぎて、失敗に終わっている句も散見されるように思う。しかし、作者特有の妖しさがそれに加算されたとき、魅力的な句になっている。

〈永き日の死は犬よりも育てやすき〉は、死が「育てやす」いのが怖い。育てるものという認識が一番怖いのに、「犬よりも」という面白さで中和しようとしている奇妙すぎるバランス感覚がさらに怖い。〈しどけなきデージー見せてそれから銃〉の「デージー」からの「銃」の落差に迫力があり、「見せてそれから」の剽軽さもかなり怖く、魅力的である。

 掲句〈天の川音のするまで右に廻し〉も、一見、天の川を奔放に使って(使いまわして?)いる句だが、「音のするまで」がイメージの天の川を、生の(?)音の鳴る天の川にしている。何も情報がない状態で天の川を回そう、とは流石にならないだろうから、回せば音がすることをどこからか知ったのだろう。そして、「右に」という具体的な駄目押しから察すると、おそらくこの音はオルゴールのようなもともと音を主としているものではなくて、宝箱のようなものを解錠するときの音ではないだろうか(初めて音が鳴ることを発見したのなら、「右に回すと音がする」という語順になるのが自然)。この句を妖しいものとして捉え直したとき、天の川を右に回した後に起こることは何だろう。宇宙という大きな箱が開いて、主体は何かを目撃することになるのか。
 もしかすると、開けたあとの施錠の操作かもしれない。岡野の作品が一瞬見せる世界は、妖しく冷気をもって伝わってくる。

わが少女花火明りに浮きて駈く 岸田稚魚

所収:『自註現代俳句シリーズ・続編3 岸田稚魚集』(俳人協会 1985)

空へ花火が咲いて少女が照らされる。暗闇の中から浮び上がるようである。というありきたりな景として読みながら、それにしても「わが少女」とは強い表現で、エゴイスチックな匂いもあると思っていた。岸田稚魚の自註によると「千葉の長者町は幼きころよく遊びしところなり。折しもの燈籠流しあり。橋上を走るは孫娘なり。昔おもひて感に堪へざりき」駈けている孫娘を見て、自らの幼き日を思い出した。素直に読めば、そうなる。

しかし、どうしても「わが少女」の表現が気になる。「感に堪へざりき」とぼやかしてはあるが、一種の照れのようなものではないか。つまり「わが少女」とは〈わが胸のうちの少女〉である。裏に〈わがものに出来なかった少女〉の意を含む。

ひそかに懸想したものの、成就しなかった少女。その少女も、現在はお婆であろうか、それとも燈籠流しとみるに既に亡くなっているか。どちらにせよ、 花火を見ていて心に浮かぶ、かの少女の面影。溌剌とした少女のままで、胸のうちを駈けている。恋と懐旧は花火とよく合う。

記 平野

数知れぬ爬虫の背は濡れながら薔薇腐れゆく垣をめぐりぬ 大野誠夫

所収:『胡桃の枝の下』白玉書房 1956

蛇、蜥蜴、鰐。数の分からないほどの無数の爬虫類が、洪水のように群れをなして、薔薇の腐りゆく垣をめぐる。まるで何かの祝祭、フェスティバルである。薔薇の下、百鬼夜行のごとき爬虫類の行軍は、ロシアの作家ブルガーゴフの短編『運命の卵』にも似る。これは人工的に孵化した大蛇の群れがモスクワを襲うサイエンス・フィクションであるけれども、しかしながらブルガーゴフの乾いたブラックユーモアを目指す筆致と、大野氏の掲歌が目指すウェットで幻想的な官能性は、対照的な側面をなすだろう。

大野氏の掲歌の官能性は、爬虫類の眼の知性の輝きゆえだと思う。巷には爬虫類脳などという蔑称もあるようだけれども、アダムとイブに禁断の果実を勧めたのも蛇なのだから、爬虫類が表象として知的なのは当然だろう。官能性というのは恥ずかしさと不可分だから、知こそ官能性と直結するものである。それに怪物の母エキドナなどを思うまでもなく、各地の神話や民話で蛇と生殖はイメジが昵懇であり、豊穣のイメジや、生命のイメジも引き寄せる。大野氏は、爬虫類の背中が濡れているという特徴を取り出すことで、その官能性や生命の豊かさ、怪しさを強調するとともに、水のイメジの関連から、じっとりと腐ってゆく薔薇への接続の引っ掛かりを作っている。

大野誠夫(おおの・まさお)は、1914年生まれ、1984年没。戦後派として活躍した。大野誠夫の門人だった松平修文は〈若き日に画家を志したこの歌人は、短歌をとおして絵を描いたのだ〉(「大野誠夫ーその絵画性」「季刊現代短歌雁」第23号、1995.2)とその虚構性、芸術性を指摘する。松平がここにおいて自己を投影し自己と似た資質を持つ師の像を作っていることは指摘できるかもしれないが、少なくともこの歌にヨーロッパのロマン主義やシュールレアリスムの幻想的絵画を見ることが出来るとおもう。

記:柳元

香水の一滴二滴籠りゐる 藤本美和子 

所収:『俳壇』10月号

シンガーソングライター、瑛人によるヒット曲「香水」の歌詞〈別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す 君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ〉に如実に現れているけれども、香水というのは人の記憶に結びつくようで、嗅覚が主だってその人を記憶させるということはどうやらあるようだ。

これはつまり、香水というものは、自分の匂いが他者に与える印象を加法的に操作可能にするものであるということであり、言い換えれば、香水というものは他者に嗅がれることを前提として商業的に流通しているものであるということだ。風呂に入る文化をもたなかったヨーロッパで匂い消しとして隆盛したことに鑑みても諾うことができるだろうけれど、おそらく香水の起源は他者にある。他者からのまなざしを内面化した文化であればあるほど、香水の香もその国土に広がると云うものだろう(もちろんその香りそのものの効用も楽しまれてきただろうけれど)。

ただし掲句は、家籠りのためにただ自分のために香水を付ける。一滴、二滴。確かめるように手首に落とす。掲句に書き込まれているのはそれだけだけれども、家篭りと言えども日々必要な勇気や決断のために、自分自身のために、朝のルーチンに香水を付けることが組み込まれている。