

ぼけた 吉川創揮
パン用のオリーブオイル黄水仙
鴨達を追わずに鴨のありにけり
海へ行く春おしゃべりな運転手
金ヘルメットみるみる遠く春の海
人に影ふたつ発電所に桜
顔中に春一番の分厚さよ
ネーブルや階段を吹き抜ける声
先生の話の調子シクラメン
石裏のぬくきを掌に移す
珈琲や白波の散るぼけた景
紋黄蝶砂に光の紛れある
鰻屋の春の闇てふ湖のうえ
桜鯛タイムマシンはこないので
囀やじようろを吊るす銀金具
遠ざかるもの眩しくて春の旅
短詩系ブログ
2022年8月10日に、紀伊國屋書店国分寺店で開催していた「短詩型フェア なつ空にじいろ自由研究」のコーナーにおいて、暁光堂さまの選書スペースにて「帚」のフリーペーパーを設置していただきました。
その際のフリーペーパーの内容を公開いたします。ぜひご笑覧ください。
(サイズが大きいため拡大してご覧ください。)
pdfファイルはこちらから
天體による永遠 柳元佑太
天體や精密しく軌く蟻の觸覺
寂しうて氣海立泳ぐ吾ら
草いきれ天文臺は午睡り
夏至前夜柱時計の狂ひ打ち
大宇宙年かたつむり片目瞑り
晝顏や思惟の渚の水音聽く
八月や灣に息へる海自體
蓄積はへて腦は藏なり黴赤く
足元に地下鐵疾驅る李かな
方舟に天道蟲は乘り損ね
夏痩や月の惰性を見て過ごす
光線と共に天使の天降る金魚かな
天體やもぐらの穴が縱橫無盡に
相衝突り星鑄直さる蟬夕べ
薄羽蜻蛉月にもありて綿津海
思い思い 丸田洋渡
ふらふらと夏の水晶体は虚
夢で行ける塔一望の植物史
ここまで来ると雲も聞こえる玉簾
足が喋って顔落ちてくる昼寝覚
餡蜜や彫刻刀は久しぶり
膨らんで祭の中に家が入る
ねむいルビーの夜に婚礼滝の背景
月の孵化観る冷房の車から
青い部屋で蟻の代表者と話す
振り向いて夢遊の鹿はそれ以降
曇ったら傘が恋しくジャムの瓶
曲想に光を据えて噴水も
覚醒の映写機は海を流した
推敲は海にかもめを呼んできて
秋海棠思い思いの席に着く
一部屋 吉川創揮
絵葉書を密にばら撒き避暑の景
歯磨きの余りの腕にうすく汗
水羊羹時計かちこちそんな時
一部屋に思考一杯しろめだか
かみ・なり縦書きによくつんのめる
香水に透くる映画の券の褪
グラジオラス写真の奥の扉開く
夏、空そこに立体の秩序が
雨音の遠近感や瓶に茎
水道を辿るイメージひょいと虹
西日差す壁に見えるは何か顔
閉じてふと手酷く遠き冷蔵庫
ビール飲む一口ごとにじつと見て
シャワー浴ぶぐつと爪先立ち気分
まどろみに湿布の匂い夏の月
暮 平野皓大
而して小蛸とともに壺に住む
筒に棲む魚に杏の落としもの
あをあをと溶けて金魚の肉鱗
白目高岩を小突くも泡のごと
蟹来ると揺らぐ草の根木の皮
大なまづ糸に俗界へといたる
*
青蘆を薙ぎわたり来る風の中
暮らしつつ径を覚えて河鹿笛
青田風口乾くほど日をかさね
愚かものどもを祭は祀るかな
絵団扇や湖のをみなが瓜実の
秋隣鳥の貌してシーシャ吸ふ
(紹介)
〇暁光堂さんのHP https://gyokodo.com/
〇紀伊国屋書店国分寺店 https://store.kinokuniya.co.jp/store/kokubunji-store/
規則 吉川創揮
夏の雨句点を前に蹴躓く
夕焼の長引く解体工事かな
分離派や金魚密集のきらめき
日は一つプールの底の模様剥ぐ
皿に小さく日当たりのよいゼリー
野苺や雨のはじめに手をひらく
糸電話のこゑの解けてあめんぼう
背表紙を撫でながら夏至書架廻る
大雨は規則通りの蝸牛
壁四つ電球に空蟬露わ
ちゃち 吉川 創揮
桜貝煙の固定された景
正確に騒がしく春印刷機
桜鯛ゆーうつと書きその感じ
チューリップ電車の長いすれ違い
頬にむらさき君のあたりに迷う蜂
春雷の窓に貼られてゐる自室
百千鳥ちゃちな神像のほほえみ
天秤のゆらめきときめき春彼岸
印画紙に結ぶしずくの花曇
類縁 吉川創揮
細雪よさりの窓のその向かう
恋人は鏡のやうでコート着る
キキとララどちらがどちら北塞ぐ
鯛焼の湯気雨に消え雨続き
みやこどり次の駅には忘却す
青鮫は月の類縁歯を撫づる
水硝子硬直といふ見とれやう
クリスマス動物病院に集合
雪折にまなざし遠く研いでゐる
貝睡るなかに変容霜柱
開閉 吉川創揮
秋の蛇扉またたくように揺る
はんざきの体集めて寝るみんな
病室のナンバーで呼び合うも仲
記憶野のひろびろとゆく野分かな
雨長く天井に貼る風景画
雲・鯨顔をいくつも陰過る
秋燕ポケットたくさんでゆく
橡の実で虎に除算を教われり
雨の月虎のファルセットを遣ふ
硝子経て増える光や蟬の翅
そらで 吉川創揮
犬いれば遠くにいけるえごの花
病室の数字をそらで言ふ団扇
ガスタンク夏の夜は重層的に
水羊羹月の動きを早戻し
覚めてより夢に着色風鈴も
はじめからこの学校にないプール
向日葵の列食卓の真向いに
峰雲の影の手摺を滑りゆく
分銅に雀釣り合ふ泉かな
水泳の続きにトンネルの響き
中 吉川創揮
屋上のパラソル長く見てゐたる
ボトルシップ葉桜の影重なれる
父の日のどうも奇妙な足の指
電車の弧梅雨は車窓の一続き
紫陽花やゴミの足りないゴミ袋
はんざきやあたまは読みし本の中
耳の熱自在に蜘蛛の足遣い
蠅捨てて忘れて書けば考える
ガスタンクうすみどりなる梅雨の艶
冷房や数えの羊居着くなり
Not me. Not you. 吉川創揮
『ドライブ・マイ・カー』監督:濱口竜介を見て 十句
弔いは続く残雪山模様
再生のざらつき如月磁気テープ
北開くずれて包帯のゆらめき
薄氷やこの声はそう私宛て
秒針を脈拍の追う月日貝
首筋に触れる言葉や針供養
輪唱は引き続き波は三月へ
抱き合えばその輪郭の春夕焼
落し角手話のあなたは即わたし
春風が煙をそうする発話する