三月→四月  吉川創揮

 三月→四月  吉川創揮

きさらぎの鍵響き合う落下かな

知り合いの忌の長き電車の通過

卒業の猫も月見て月思ふ

春の川越えてしらふで会へる仲

チューリップ露わに枯れてあるイオン

黄風船とは上昇のさなかかな

いぬふぐりこゑのかたまりの往来

連弾や雨・蔦・春のふる壁に

潜水艇のやや傾きに春眠る

直立の指開きゐる桜かな

葛原妙子『葡萄木立』を読む

柳元佑太

『葡萄木立』(白玉書房、1963)は、葛原妙子の第4歌集である。第1歌集『橙黄』(女人短歌会、昭和25年)、第2歌集『飛行』(白玉書房、昭和29年)第3歌集『原牛』(白玉書房、昭和34年)に次ぐものであるのだけれども、『縄文』(未刊歌集、『葛原妙子歌集』(三一書房、昭和49年)所収)、それから『薔薇窓』(白玉書房、昭和53年)がこれよりも制作時期的に前に当たるので、第6歌集と見做すのが一般的なようである。とはいえ、ぼくとしては世に問われた順を序数とすべきではないかと思うのだが(なぜなら塚本邦雄のように未刊歌集を後出しで何冊も出されてはたまらないからだ)、異議申し立てをするほど立腹していて困難を感じているわけではない。

さて葛原妙子(1907―1985)は東京の本郷の生まれである。塚本邦雄をして「幻視の女王」と云わしめた超越的な(つまり経験的なリアリズムの批評語彙だと語り損ねるような)歌風で知られる、戦後を代表する歌人である。塚本も指摘しているけれども、彼女が太田水穂の「潮音」に1939年に参加していたことは、多くの作家に於いて師系というものが本質的にはほとんど何も語り得ないように、葛原の場合もあまり意味をもたないだろう。

葛原の作品を一読すれば何の無理もなく飲み込めると思うけれども、葛原の歌風というのは徹底的に葛原自身の中で醸成された短歌観の中に根差す具象空間と象徴空間との暗喩を介した一度きりのものである。先行世代の文体を安易に所与のものとすることに因る薄っぺらな写実作品ではない。葛原の身体性があり肉体があり、そこから屹立するものである以上、師系というものが作家の中で安易に幅を利かすことはあり得ない(いったい、その格闘無しに誰が作家たることなんて出来るのだろうか?)。

ぼくが葛原を読んでいて感嘆するのはそういう意味で作家であると感じられるからである。無論短詩という形式を選ぶ以上ある種の作品間での影響関係、時代への隷従からは逃れられないのであろうけれども、良品製造のコードと戯れるだけのおままごととは全く異なった、自分の言語が築くデーモニッシュな世界の強度をいかに練り上げるかという格闘があるように感じる。

そういう意味では『葡萄木立』所収の

なにの輪ぞわれに近づき広がりてまた目の前に閉ざしゆきたり(「魚・魚」より)

こどもようしろをみるなおそろしき雪の吹溜【ふきだまり】蔵王は冷えてゐる(「北の霊」より)

美しき把手ひとつつけよ扉にしづか夜死者のため生者のため(「爪」より)

黒いこども暗い潮に跳ね廻る しかも跳ねゐる音のきこえず(「吃音」より)

光源の真下に毛長き犬あそぶときふと犬のうしなはれたり(「垂毛」より)

椅子にして老いし外科医はまどろみぬ新しき血痕をゆめみむため(「風」より)

わが肺のネガフィルムを透かしみよ一本の黒き柿の木立ちたり(「片手」より)

ふとおもへば性なき胎児胎内にすずしきまなこみひらきにけり(「めざめをりき」より)

くらき壁に鉄塔かすかにあらはれ鉄塔はあらしに呻吟せり(「秋の人」より)

などはさすがに葛原妙子と思わせる凄みは十二分に感じさせるけれども(実際好きな歌もあるけれど)、いかんせん作り物でしかないだろう。この歌に異界はない。異界を引き寄せるコードを保持した語彙と書きぶりによって作られた、いわば異界のテーマパークなのであって、夕暮れに遊園地がその門を閉じれば、読者は異界を摂取し終えた疲労に心地よく浸りながら、親子友人と楽しく語らいながら立ち去ることが出来る。

というのも、存在しないものを存在させたり、存在するものが存在しなかったりするのは歌の世界においてさして困難ではない。であるから、謎の輪に取り巻かれたり、死者生者のためのノブが用意されたり、不気味な子供がいたり、犬が失われたり、不気味な医者がいたり、肺に柿の木があったり、胎児が目を見開いたり、壁に鉄塔があらわれても、それはその歌そのものが怖いのではなくて、その歌が引き寄せる既成の観念が恐ろしいのである。それを歌の手柄といって誉めそやすことには、ぼくには躊躇われる

歌が異界に扉を繋いだように見えてもその先にあるのはようするにお化け屋敷なのであって、観客を歓待するために造られた富士急ハイランドの戦慄迷宮と大差ないのだ(しかし臆病なぼくにとっては富士急ハイランドの戦慄迷宮が充分恐ろしいように、これらの葛原の歌もそういう意味では十分に恐ろしい。怪談には「テーマパークだと思ったら本当の異界だった」というパターンもあるのだし)。

しかしながら、例えば以下のような歌こそは、本当の異界であろうとぼくは思う。どうだろうか。

厨のくらがりにたれか動きゐて鋭きフォークをしばしば落せり(「爪」より)

厨のくらがりに誰かがいる気配を感知する。繰り返し、繰り返し、金属が床に落ちる音がする。しかし作中主体はなぜかその音をなすものがフォークであることを知っていて、あろうことかそのフォークの鋭さをまでも知っているのである。書きぶりからして既知だからということではなくて直感として知ってしまっているのである。この感覚の神経症的な鋭敏暗がりの中で繰り返し、繰り返し行われる不気味なフォークの落下。しかしギリギリのところで現に踏みとどまるような無作為さと偶然性を、アリバイということでなしにたっぷりと抱え込んでいる(だからほんとうに怖い)。ここに異界のコードは無いが、そういう意味ではこここそが異界である。つまり、経験的な世界を叙述の仕方をもっていつの間にか異界に変えるということこそがここで行われていることなのだ。

白き午後白き階段かかりゐて人のぼること稀なる時間(「ひとり」より)

あるいはこの歌ならどうだろう。「白き」という形容によっていくぶん抽象化されているといえ、全きうつつの階段でしかないはずであるのに、なぜこんなにも異界めくのか。ここには白昼の異界がある。叙述をもってして経験的な世界を異界に変じる歌にこそ、ぼくは『葡萄木立』最大の魅力を感じた。

他にも好きだった歌を記しておく。

あまたなる弧線入り混り夕光【ゆふかげ】のさかなは水槽の隈にあつまりき(「魚・魚」より)

白鳥は水上の唖者わがかつて白鳥の声を聴きしことなし(「片手」より)

いうびんを受け取るべく窓より差しいづるわが手つねなる片手(「雲ある夕」より)

硝子戸に鍵かけてゐるふとむなし月の夜の硝子に鍵かけること(「爪」より)

晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて(「啄木鳥」より)

草の上にゆるやかに犬を引き廻し与えむとす堅きビスケット(「標」より)

メロンの果【くわ】光る匙もてすくひをりメロンは湖よりきたりし種【しゆ】ぞ(「湖の種」より)

白鳥は水上の唖者わがかつて白鳥の声を聴きしことなし(「片手」より)

ぎつしりと燐のあたまの詰まりたるマッチ箱ぬき しづかにわらふこども(「草の上の星」より)

猫の凝視に中心なし まひる薄濁の猫の眼なれば(「草の上の星」より)

それから最後になるけれど、カトリシズムの歌と第三句の欠落(「晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて」など)の歌は浅学につき今回触れることが出来なかったので、ここに謝して稿を終えたい。乏しい教養が評を断念させることこそ虚しいことはない。

Ghost in the Flower  丸田洋渡

 Ghost in the Flower  丸田洋渡

熱さめて雪に英文法を見る

風ぐるま友だちの訃を聞きながら

花にかげ彼に彼らが憑いている

春嵐そして花と霊のいきさつ

花に霊重る十年前のラジオ

花ふる曲わたくしたちは傘の指揮者

怪談がいよいよトンネルに入る

机にはすみれ文字化けの液晶

考えは風につつぬけ金鳳花

引越しの花から花へ花畑

 ※重(だぶ)る

飯島晴子『蕨手』を読む

柳元佑太

飯島晴子(1921-2000)は何度読み返しても畏怖の気持を抱ける稀有な作家だ。かのごとき修羅と作品的な孤高を、大学生の片手間の凡評で捉えることは出来ないと怖気尽かせるには充分だし、その気持は恐る恐る筆を進めている今も変わらない。

『蕨手』(鷹俳句会・1972年)は晴子の第一句集である。このとき、晴子51歳。のちほど句を引用するが、早くも晴子の幾つもの代表句が我々の前に立ち現れる緊張感溢れる句集である。とはいえ晴子を「鷹」(あるいは俳句界)を代表する作家として見做しても何ら問題ない現代の評価の感覚からすると、第一句集の刊行はやや遅いように感じられる。

しかし晴子が俳句を始めたのが38歳の頃ということを考えればそんなものなのかもしれない(有名な譚だが夫の代理人として馬酔木の句会に出席したのが晴子と俳句の出会いである)。しかも藤田湘子の序文を信ずるに晴子は初学時代の句を落としているようだから、句集に所収されている句はほぼ40代中盤からの句と言うことになる。またこの時期は「鷹」の創成期とも重複するということもあり、晴子の資質や、「鷹」という句座(もっと言えば藤田湘子)が認め得た句のありよう、晴子を取り巻く時代的な状況など、非常に多くのことを物語ってくれる句集であるように思う。読み応えたっぷりである。

とはいえ読者諸氏は筆者による以上のような前置を全て忘れて頂いて構わない。何故なら『蕨手』が希求するのは純粋な言葉の世界に於ける火花であって、句を作者に収斂させることで読者の俗な欲求に応えるということではないからである。冒頭に置かれた、

泉の底に一本の匙夏了る

の伝説的な一句が全てを物語るだろう。泉の底にある匙という具象が帯びる象徴性(そしてそれを引き出す夏の終り頃の光のまぶしさよ!)は読者を晴子の領する異界に誘い込むに充分な強度を保持している。とはいえ、ぼくはこの句は幾ばくか、価値が分かり易すぎるのではないかと思う。判断がしやす過ぎる。詩情を引き寄せすぎている。その手付きが余りにも鮮やかすぎる。何かが物語られるという予感を残すという効果を期待して句集冒頭一句目に置かれる意味はあっても、どこか既存の詩情が大部分を占めるような気もするのだ。だがしかし、それは晴子の手ぬかりというよりも、湘子が理解し許し得たぎりぎりのラインであったとするなら仕方ないのかもしれない。
ともあれ『蕨田』における白眉はやはり、

一月の畳ひかりて鯉衰ふ

であると思う。書生の間借りするような六畳一間の畳ではなくて、地主や旧家、あるいは寺のような、庭に面している面積の大きな部屋の畳を思う(となると庭の池に鯉がいるというのも無理がなくなってくる)。

淑気に満ちた、冬の硬く冷たい光が差し込んでいるかもしれない。しかし人は居ないだろう。無人である。茫漠とした虚無が空間を統べている。そしてそこには幾分抽象化された畳があって、うすぐらくてましろい光を放っている。庭の池の中では鯉が静かに衰えてゆく。何かの価値の参照を安易に許さない厳しい措辞は美しい。

他に人口に膾炙した句を拾うと、

旅客機閉す秋風のアラブ服が最後

雪光の肝一つぶを吊す谷

樹のそばの現世や鶴の胸うごき

などであろうか。このあたりは奥坂まや氏の『飯島晴子の百句』(ふらんす堂)にも採録されていたはずである。特に〈樹のそばの現世や鶴の胸うごき〉は何度見ても凄まじい句で、「鶴の胸うごき」という写生めいた措辞がリアリティを引き寄せるのだけれども、一方で鶴の胸が動くさまというのはどことなく不可思議かつ崇高で、マジックリアリズムめいた感じもする。フィクションの艶を捨てていない。そして「樹のそば」以外は「現世」ではないのだろうかと考え始めたときには、すでに我々はうつつと異界の境界に立たされていることに気付くのである。掲句は永田耕衣や詩人の吉岡実も賞賛したときく。

また晴子は身体性の能力も獲得も抜きん出ていたとおもう。

こめかみに血の薄くなる返り花

喉くびに山吹うすく匂ひけり

いつまでも骨のうごいてゐる椿

曼珠沙華瞳のならぶ川向う

肉声をこしらへてゐる秋の隕石

などはかすかな身体性によすがとしてイメージがリアリティに繋ぎとめられる。ナイフの切っ先のような鋭利な感覚が句の中に緊張していて、単なる措辞を超えて、危なっかしいものが自分の前に差し出される感覚がする。

家にゐる父匂ひなく麦乾く

蟬殻の湿りを父の杖通る

藪虱横を兄たち流れてをり

六月の父よ生木の梯子持つ

冬簾やゝふくらみて母まよふ

やつと死ぬ父よ晩夏の梅林

どうにでも歪む浴衣を父に着せる

家族や血縁が読み込まれていると句から好みのものをざっと拾ってみた。全て拾えばこの倍はあると思う。父、母、兄などの語を晴子は積極的に句材として採用していることがわかる。とはいえそれは日本伝統の私小説めいた、告白を伴うベタついたものではない。それはどこか抽象化された家族の姿であり、血が通っていない感じがするものである。精神分析にも通じるような、ある種の比喩的なイメージとして語が弄ばれている印象があり、こういった書きぶりは”前衛”と呼ばれていた俳人たち、例えば高柳重信らと分かりやすく類似している。そして実際に彼らと交流があったことを思えば、それはあながち意外なことではない。

秋の宿黒き仏間を通り抜け

夏の禽位牌の金の乱れ立ち

さくら鯛死人は眼鏡ふいてゆく

走る老人冬の田螺をどこかで食ひ

晴子の句は、異界がすでに家の中というか、普通安全とされている空間に所与のものとして侵入しているところから、句が書かれ始めるから怖いのだと思う。よく異化ということが言われるけれども、晴子の句は、晴子が書くことが起点となって異化されるのではなくて、初めから異化している空間を、見たままに書いたような文体が獲得されている。だけれど、もちろんそんなことはあり得ないから、ほんとうに、ほんとうにそれは凄い文体の力なのである。

火葬夫に脱帽されて秋の骨

恐れ入った、という気持ちになる。

龍太忌  柳元佑太

 龍太忌  柳元佑太

春愁の光の鹿を射殺しつ

龍太忌や花は性器をあらはとす

春晝の雄蕊を魔羅と思ひ見つ

情欲や空に花粉の河のあり

太陽に金絲の殖ゆる花粉かな

花粉吸ふ快樂にくさめ夥し

杉花粉えろすたなとす現とす

龍太忌や花粉症をば囃しける

眼球も花粉刑なれ龍太の忌

三寒の四溫殺しや裸婦の服

春日井建『未青年』を読む

柳元佑太

春日井建20歳の時に刊行された『未青年』(作品社・1960)という歌集は初めから伝説となるべき要素を抱え込み、なるべくして伝説となったような歌集である。17歳から20歳までの歌を所収した一青年の第一歌集に三島由紀夫の序文つき。しかも三島由紀夫をして「われわれは一人の若い定家を持ったのである」と言わしめている。

大作家が無名の青年の序文を執筆することを訝しく思うむきもあろうが、春日井を三島に紹介したのは敏腕編集者の中井英夫。中井英夫は「短歌研究」「短歌」の編集長を務めた所謂「前衛短歌」の仕掛け人、黒幕である。彼が著した『黒衣の短歌史』を読むと、中井が当時十代後半だった春日井に格別目をかけ、総合誌での作品発表の機会を与えていたことが分かる。要するに平たく言えば春日井にはジャーナリズムの中に後ろ盾もあった。その歳において得られるものとしては最高のものと思われるバックアップのもと『未青年』は世に問われ、世の歌人に賛否ありつつも熱狂的に迎えられ、センセーションを生んだ

また春日井の『未青年』以後の歌集の一般的な評価が余り高くはない(ようにぼくから見える)ということも、相対的な『未青年』の価値を高めてしまっているように思える。『未青年』以後の春日井に向けられた読者のかような眼差しには同情を禁じ得ないが、しかしそのような受容こそが『未青年』を「伝説」に押し上げたのも事実であろう。

とはいえ、伝説など犬も喰わない。一読者として春日井のテクストに忠実に精神を浸して、『未青年』を受け取りたい。ある種の古典は、己に引きつけてある種強引に読まれることを待っている。だいたい、例えばドストエフスキーやサリンジャーを醒めた批評的な「大人」の精神で受け付けて何が得るところやある。精神的な成熟を迎える前の人間が一人部屋に籠り読むべき書という愚かなカテゴライズが許されるならば『未青年』もそのような種類の歌集であるように思うし、ぼくのごとき生意気な(!)未だ精神の青く熟していない読者の評を『未青年』が許さなければ嘘であろう。

さて『未青年』は以下のようなエピグラフから始まる。

少年だつたとき 海の悪童たちに砂浜へ埋められた日があつた あの日 首すじまで銀の砂粒をかぶつて みうごきできない僕が 泣きながら知つたのは何だつたろう 夕焼けの火影となつて立ち動く裸の少年たちにくみふせられたぼく そして 残照にまだ熱い砂に灼かれて 肌はきんきんといたむのだった ああ日輪 みんなの素足が消えていつた砂山のむこうから やがて青ざめた怒濤がおしよせ ぼくのいましめの砂が波にほどけるころひとりぽつちのぼくの真上には 病んだ 紫陽花のような日輪が狂つていた

鼻につくくらい甘美な文章である。ここにはマゾヒスティックな倒錯した快楽に目覚めてしまった非力で泣虫な少年がいる。このエピグラフが見事に導出した、受動的で脆弱な主体は、章の中で主題を変えながら、ナイーブさへの嫌悪(禁忌を侵犯しようとする動き)とそのナイーブさ自体の持つ深さへの逆説的な耽溺を行き来する。なお、一首ごとに評をつけるような野暮はやめようと思う。章から好きだった歌を選んで章ごとに感想を附したい。

「緑素粒」

大空の斬首ののちの静もりか没【お】ちし日輪がのこすむらさき

学友のかたれる恋はみな淡し遠く春雷の鳴る空のした

唖蝉が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる乾く

埴輪青年のくらき眼窩にそそぎこむ与へるのみの愛はつめたく

プラトンを読みて倫理の愛の章に泡立ちやまぬ若きししむら

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

われよりも熱き血の子は許しがたく少年院を妬みて見をり

白球を追ふ少年がのめりこむつめたき空のはてに風鳴る

青嵐はげしく吹きて君を待つ木原に花の処刑はやまず

石皿に噴水の水あふれゆけば乳にむせたる記憶の欲しく

粗布しろく君のねむりを包みゐむ向日葵が昼の熱吐く深夜

水仙の苔のしづむ眼の清くみどり児が知恵をふかめゐる冬

青年が恋愛感情を抱く。同性愛のようにもとれる。過剰な身体性を持て余しつつも積極的に動くことは出来ず、むしろ進んで自らの身体の観察者の位置に立ち、自然が火照った身体を冷ます。鬱屈とした性の芽生え。理性による抑えつけが性愛のとめどなさを保証する。濡れ滴るような、色彩的な叙情は圧巻。

「水母季」

襲ひくる兄の死霊を逃れむと帆を張れば潮の香がなだれこむ

水門へ流るる潮にさからひて泳ぎつつ兄の死も信じ得ぬ

生きをれば兄も無頼か海翳り刺青のごとき水脈はしる

潮ぐもる夕べのしろき飛込台のぼりつめ男の死を愛しめり

内股に青藻からませ青年は巻貝を採る少女のために

水葬のむくろただよふ海ふかく白緑の藻に海雪は降る

蝶の粉を裸の肩にまぶしゐたりわれは戦火に染む空のした

兄よいかなる神との寒き婚姻を得しや地上は雪重く降る

白猫の眼にうつされし灯が揺れて父の胸奥【むねど】にねむる軍港

舌根が塩に傷つく沖にまで泳ぐともわれはけだものくさく

亡くなった兄への愛、思慕と恐れ。兄への挽歌であるのだろう。兄と自分は鏡像関係にあるようにも読めるし、兄弟間での愛というものも仄めかされる。敗戦後十五年しか経っていないことを考えれば南洋で死んだ(とされる)兄のイメージはリアル。

「奴隷絵図」

ミケランジェロに暗く惹かれし少年期肉にひそまる修羅まだ知らず

エジプトの奴隷絵図の花房を愛して母は年わかく老ゆ

略奪婚を足首あつく恋ふ夜の寝棺に臥せるごときひとり寝

有頂天に生きてみづみづと孵化しゆく少年の渇を人らは知らず

火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり

牛飼座空にかたむき遠くわれに性愛を教へくれし農夫よ

子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌

絵画や彫刻のモチーフが頻出。この辺りから家族や血の「待逃れがたさ」を朧げに感じ始める。〈子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌〉が男性の身体性の暗がりの中に発見している獣臭さは、案外表面的に見えるけども、キャッチーで届く。

「雪炎」

季めぐり宇宙の唇【くち】のさざめ言しろく降りくる冬も深まる

肉声をはるかに聴きてくだりゆく霧の運河にひたる石階

だみ声のさむき酒場に吊られゐて水牛の角は夜ごと黝ずむ

膝つきて散らばる硝子ひろはむか酔漢の過失美しければ

帰りゆくさむき部屋には抱くべき腕さへもたぬ胸像【トルソオ】が待つ

ことばなど失ひはてむ日がくると仰げり小暗く雪の舞ふ空

雪の冷たさの中に熱が見出されるという在りようは、この歌集における作中主体の在りようともリンクするのではないか。

「弟子」

ヴェニスに死すと十死つめたく展きをり水煙する雨の夜明けは

唇びるに蛾の銀粉をまぶしつつ己れを恋ひし野の少年期

刺すことばばかり選べり指熱くわれはメロンの縞目をたどり

石膏のつめたき筒をぬくめゆく若く愛されやすき両脚

無骨なる男の斧にひきさかれ生木は琥珀の樹液を噴けり

傷つけばなべて美し薔薇疹も打撲のあとの鈍き紫紺も

旅にきて魅かれてやまぬ青年もうつくしければ悪霊の弟子

太陽の金糸に狂ひみどり噴く杉のを描きしゴッホ忌あつし

ねむられぬ汝がため麻薬の水汲めば窓より寒く雪渓は見ゆ

力のある歌が並んでいる印象。師弟関係を性的な関係に読み替えていく作業が行われている。思えばこれまでの章でも、同性、血縁関係、師弟関係などの社会の中では性的関係に読み替えることを禁忌とされてきたものを、あえて侵犯している。

「火柱像」

磔刑の絵を血ばしりて眺めをるときわが悪相も輝かむか

ひとときを燃えて悔なし金環の陽が翳るときほそく息吐く

沈丁花の淡紫のしづむ午さがり未生の悪をなつかしむなり

星落ちて宇宙組織の脱落者のわれのみならぬことを哀しむ

両の眼に針刺して魚を放ちやるきみを受刑に送るかたみに

獄舎の君を恋ひつつ聴けり磁気あらし激しき海を伝へる電波

暗緑の菌糸きらめく石壁にもたれて形余の友を恋ひゐき

独房に悪への嗜好を忘れこし友は抜けがらとしか思はれず

軟禁の友を訪ひゆく夜くらく神をもたねば受難にも遭はず

罪を犯し獄へ向かう友人を見送る自分。自分は悪の途に踏み込むことはしない(いつだってこの作中主体は消極的である)にも関わらず〈独房に悪への嗜好を忘れこし友は抜けがらとしか思はれず〉などど述べる。悪への憧れがあるのだが、それを成就させないことにマゾヒスティックな快楽を覚えているようにすら見える。60年という時代を考えれば安保なわけで、独房などどいう語は同時代的状況とも確かに響き合っていたはずである。

「血忌」

晩婚に生みたるわれを抱きしめし母よ氷紋のひろがる夜明け

芽水仙に光が氾濫する昼は累々と毛嫌ひするものが増す

死せる兄生きゐる弟みな冥くながき血忌の胸ふかく棲む

「兄妹」

あばら骨つめたく軋みて氷上を追ひゆかり飢ゑしわれ男巫【おとこみこ】

雪まみれの二月といふにまざまざと干からぶ眼窩もつ兄弟か

千の嘘告げしつめたき愛のため少女の雨の日の夢遊病

「血忌」「兄妹」二つの章とも歌はやや弱い印象を受けたけれども、家族や血という主題についてより厚みが出ている。ただ、この先には天皇制の問題があるはずだけれども、春日井はそこまでは踏み込んでいない。これは春日井の手落ちであると思う。この歌集における唯一の欠点を挙げるとするなら、世界観の構築を優先して斬るべきもののすぐ近くまで到達しながら斬らなかったことを挙げたい。

「洪水伝説」

鉄舟を漕ぎゆか男みづみづと幾千のノアの水漬ける街

水ひかぬ路地の露店に骰子を振るわが欲望の鳥【イアンクス】の泥光る手よ

無尽数の白兎がとべる波がしら大洪水の後も騒ぎたつ

夜の海の絡みくる藻にひきずられ沈むべき若き児が欲しきかな

わが手にて土葬をしたしむらさきの死斑を浮かす少年の首

余剰なるにんげんのわれも一人にて夕霧に頭より犯されゆけり

最後の章。神話と名古屋(春日井健は愛知県の人である)をオーバーラップさせていて非常に読みごたえがあった。水の底に沈んだ大都市名古屋。ああこれだけ豊かな物語をカタルシスで終わらせてしまうんだなという微妙に残念に思う気持ちもありながらだが。

とはいえ春日井建『未青年』を通読して感じたのは、これを過去のものとして通り過ぎるにはあまりにも惜しすぎるということである。幸い、近々読本が出る水原紫苑をはじめとして、健に惹かれ、師事した歌人は多い。それだけ健のエッセンスは歌壇には分有されているはずだし、彼らからにじみ出る『未青年』を感じるのもそう悪くはないはずだ。

*春日井建の表記に誤りがある箇所がありましたので修正いたしました(2021年3月13日)

金沢 平野皓大

 金沢  平野皓大

北国や雪後の町をいくつ抜け

南天の葉の浮きさうな寒の雨

雪だるま百万石のどろまじへ

梅咲かす川淋しくて明るくて

ほつそりと加賀の軒端の雪雫

この国の鱈を昆布で〆るとは

木の芽風入浴剤を撒いてみん

餅食つてちらつく粉は粉雪は

雪吊にいつしかの鳶腹を見せ

駅のまへ雪吊の丈そろふなり

ふたつ 吉川創揮

ふたつ      吉川創揮

咳く度に閃く池があるどこか

猫の目の現れて夜の底氷る

 映画『花束みたいな恋をした』 六句

観覧車を廻る明滅息白し

汝と歩く二月世界を褒めそやし

黙に差す春の波永遠の振り

つくづくしあんぱん割るに胡麻こぼれ

夢ふたつ違う夢にて春の床

地図の町名に汝の名つばくらめ

日・日陰蝶の表裏のこんがらがる

空のまばたきに万国旗を渡す

めまい  丸田洋渡

 めまい  丸田洋渡

ふしぎな舌もちあげ春の水琴窟

足は汀に飛行機のおもてうら

子どもにも大人のめまい蝶撃つ水

片栗の花サーカスのはなれわざ

とつぜんに雪の術中小さな町

岬の密室どこまでが蜂の領域

輪のような推理きんいろ函の中

騙りぐせある蜂に花史聞くまでは

水景に祠のきもち誰かの忌

桜ばな樹の怪ものの怪ゆめみるとき

鱒神  柳元佑太

 鱒神  柳元佑太

神學や湖底輝く鱒の國

雪燦燦鱒水流に操られ

書庫寒し禁忌なる書を封じられ

寒流に仕へて久し鱒の王

獵犬の群れに混じつてゐる仔犬

老神父幼なを愛す暖爐煌煌

天命や氷の下を泳ぐ鱒

寒き陽を亂反射せり鱒の群

鱒と倶に氷漬され蒼色素

ストア的平靜をもて藥喰