円 平野皓大

円  平野皓大

貝独楽を回すに夢の鰻かな

露寒し雨師の庭なる瓜の牛

長汀をながらの雲と盆帰省

あたふたと俵円かな負相撲

宮相撲遠巻きにして欅樹下

梨に虫集まつてをり雷多し

踊子に肌音頭とうつところ

掌にうつせる熱も秋気かな

楼閣のここにありしか轡虫

流れ星洗ひたてなる事忘れ

 *円かな(まど-)

夏痩 吉川創揮

夏痩   吉川創揮

夏山やかつ丼のかつつゆ浸し

窓がらす疎にして空家かたつむり

芍薬や雨みつちりと遠き景

手花火を配る係となりにけり

空間にプールの匂ふどこかの子

釣堀や夢から上がらない私

切株の羅列の午後に伸びてゐる

思い出に巻かれて夏を痩せにけり

コンビニの青秋だとか言うみんな

カーテンの向かうのこゑは秋のもの

天使感 丸田洋渡

天使感  丸田洋渡

天使感ある一瞬のわたしたち

心臓=檸檬 生まれすぎた子ども

からくりを新涼の地/月球儀

月ぐうぜん卵のかたち袋角

引用者 子どものなかの誰かの血

子どもが月を 直視している

こころ昂る窃盗は夜のうちに

この網に月かかるのは時間の問題

世界は蚊のように震えていました。

天使感ある熱演のわたしたち

香港・牌 柳元佑太

 香港・牌  柳元佑太

掌に塔立ち上がる炎暑かな

金魚とは冷たき火なり香港死す

秋はるか来し旅人に紅生姜

蝋燭の火の湧き出づる水見舞

天体の惰性の線に二たつ柿

星の夜の確率に牌起し伏す

脱法の麻雀の柿動きけり

惣老師より一筆と祭寄付

持ち山は松茸山ぞ惣老師

秋草の未来の彼は潑剌たり

盛衰 平野皓大

 盛衰   平野皓大

太陽のあらねど暑し瓜膾

背中ある炎天に坂急なれば

鉄橋を舌のみこむよ日傘

白桃を歩める蝿も岐阜提灯

盛衰のトランプ遊び唐辛子

秋の川くじは袋に屑となり

迎火にくるぶし膨れ草の花

光る遠のくそれらが魂や茸汁

流燈の巷たやすく通りすぎ

衣被ながき梯子と仕事して

秒 吉川創揮

 秒    吉川創揮

きらきらと蝶をもみ消す指ふたつ

睡ときに死そばに眼鏡の灼かれゐて

ナイターの灯に白ぼけて街続く

先生とすれ違ひたき夜店かな

金魚持ち帰る灯りに揺らしつつ

眼をふたつつくる夏蝶のちらつき

なんらかに蟻のたかりの大きさよ

長生きの気分に見遣る扇風機

蚊遣火や手を洗う癖移りきて

秒針や葡萄の皮の濡れ積もる

※睡(ねむり)

空と鍵束 丸田洋渡

 空と鍵束  丸田洋渡 

墜ちながら声がきこえる昼寝覚

鍵として舌つかうとき向こうも鍵

わたしにもわたしが欲しい韮の花

淵も咲くほどの月光ふたりの脚

宇宙ごと錆びてしまえたらなとおもう

かなしみや岐路から岐路へ鳳蝶

夜も朝も祈念のように白飛白

宝石のあかるさにまで火葬式

夢として鍵に扉が過剰であった。

鍵束 空をひらいてまたとじて

 ※韮(にら)、鳳蝶(あげはちょう)、白飛白(しろがすり)

Let me take you down, ‘cause I’m going to Violet Fields. 柳元佑太

Let me take you down, ‘cause I’m going to Violet Fields.  柳元佑太

言語野にすみれの咲ける季とわかる こゑがすみれの色になるから

あなたのこゑはぼくのこゑよりもおそい、それをうらやましいと思へり

孤児院に孤児がひとりもゐなくなり、まつ白い箱だけがのこれる

いつぽんのすみれの花のうつくしさに、こゑが追ひつくまで待てばいい

雨がふるまへの匂ひで、すぐ帰る決意のできる友だちであれ

雨のふるあひだでもつとも音がせり 雨があがつてゆける瞬間

ほんたうのこゑを包んでゐるこゑが剥がれてきても冷たくはない

すみれ野は午のあかるさ すぐそこに夏のあらしがやつてきてゐる

もうぼくは優しさを休ませてをり すみれ野のふるすみれの雨に

原つぱのすみれの花をつむための、想像の友だちを忘れない

鏡 平野皓大

 鏡  平野皓大

軽躁の尿かがやきぬ夏の山

林間学校水筒の水腐りけり

遊ぶ蛭はたらく蛭を考へる

釣堀や旗の鈍さが腹立たし

住職の呉るる団扇に月並句

稿深く溢れ出すもの真桑瓜

幼眼を鏡と磨く吉行忌

夏痩や全集に木の臭ひして

塵芥ごきぶりと載せ渋団扇

夢に人現れなくて水中り

涼し 吉川創揮

 涼し   吉川創揮

夏立つや白熊の黄の腹這いに

蛇の衣うすぼんやりの続きたり

校庭のこゑを見下ろす目高かな

うっとりとスプーンの落下更衣

夕立や戸棚開けば奥匂ふ

花あやめ水たまりとは繰り返す

空つぽの胃のかたちある端居かな

白い天井泳ぎきし髪一束に

夏の蝶ペットボトルに吸殻が

てのひらの白くすずしく別れかな