開閉 吉川創揮

開閉  吉川創揮

秋の蛇扉またたくように揺る

はんざきの体集めて寝るみんな

病室のナンバーで呼び合うも仲

記憶野のひろびろとゆく野分かな

雨長く天井に貼る風景画

雲・鯨顔をいくつも陰過る

秋燕ポケットたくさんでゆく

橡の実で虎に除算を教われり

雨の月虎のファルセットを遣ふ

硝子経て増える光や蟬の翅

呪うにも  丸田洋渡

 呪うにも  丸田洋渡

パラソルはプロムナードの短剣符

炭酸水はびいだまの呪いから

打水や雲粒は兆どころでは

飛石のふと永遠を思ったり

見えてきて風見るひすい色の午后

ねむらずに夢が見れたら百日紅

葵のことは早苗に聞いて夏館

針と釘ときめく夜の使い方

眼とは愛とはさみどりの一枚布

祠の苔に新しい百年

さざなみに大波呪うにも順序

柘榴なら解剖学の範疇に

むずかしく体動かす秋祭

仲秋の水の怨みは水車へと

水澄んで憑いてきたなら落とすのみ

吊るされていると思えば秋風鈴

奈落から月が上がってきて戻る

爽やかに球関節の可動域

火の秋を阿と吽と息ふくらませ

繚乱のミラーボールを顔ふたつ

月白や一体何を殺せば済む

闇は飴とぐろが蛇を巻いている

呪うからそこで見ていて銀盞花

ねむい街にねむりやすい毛布がかかる

こうもりは夜の夢見て速記術

流れ星生霊の正体と会う

梨重くして夜の雲朝の雲

書くうちに書かされていて書き返す

忌むべきはこの星中のフィラメント

想像の鳥を飛ばせて秋の空

梨佛   柳元佑太

梨佛   柳元佑太

み佛や梨のすがたにましましき

梨佛おのれを衆生(ひと)に食(じき)せしむ

靑太虛(あをぞら)や天意に合(かな)ふ梨の形

梨も又た佛ごころを存すべし

いたづらに日月通過(とほ)る梨の前

戀愛や自然(じねん)に梨の甘うなり

べからずと言はれかなしき梨童子

全方位梨の佛のおはしける

梨のこと少し考へ只管打坐(しくわんたざ)

皇太子梨の季節に卽位せり

渾発 平野皓大

籠もまた山のころあひきのこ山

小鳥来る宴をひらくものとして

さうめんは三途の川の長さかな

酔うてゐるあの血色はましら酒

盆の月なるたけほそく飯を巻く

さうなれば盆灯籠も漁区のもの

渾発の字とめぐりあふ夜学かな

虫かごや抱きあふときも床並べ

くぼみゆくほどに夜業の硯かな

灯火親しとつかみをる鉛筆の嵩

そらで 吉川創揮

そらで  吉川創揮

犬いれば遠くにいけるえごの花

病室の数字をそらで言ふ団扇

ガスタンク夏の夜は重層的に

水羊羹月の動きを早戻し

覚めてより夢に着色風鈴も

はじめからこの学校にないプール

向日葵の列食卓の真向いに

峰雲の影の手摺を滑りゆく

分銅に雀釣り合ふ泉かな

水泳の続きにトンネルの響き

鯨・蝶/文体練習Ⅰ  丸田洋渡 

  鯨・蝶/文体練習Ⅰ  丸田洋渡

  生きていることはいいことでしょう/約束なしで逢えるもの/約束したら逢えないもの/生きるも死ぬも偶然よ/出会うも去るも偶然よ/くやしかったら二度死んで……

新藤凉子「木の葉一枚」より抜粋

  〇

旅ね 考えて花の道を歩けば

オルゴール靴が道路を磨り減らす

桜にものさし翳したりした一日。

思い出を売って暮らして烏貝

たそがれの椅子に座っているのは誰

時よ 拡がり洩れる葡萄色の水

生きて 車が 坂を下っていく 暑さ

三枚の窓の間に鯨と蝶

からっぽが風船を突き動かすよ

導火線みえるところに羊雲

ひこうき雲も雨をもたらす秋の手紙

ひらめきが幼児を川へ走らせた

短いわ 生は 聖なる獅子は夜空

  ○

  奇妙に明るい時間衛兵ふやしている
  空に遺書冴えさせサーチライトの青
  妻と帰る波の存在こころにとめ

阿部完市『絵本の空』より三句

  〇

インターホンに眼球 発狂の蝶の

のめりこむ喇叭の怪奇かたつむり

霊ともくれん門の内側ゆたかな家

うかうかと人は殺されスイート・ピー

みくびると牙を剥く蝶いまの哲学

取りあげて言うこともなし夜はうつくし

妙な閃光変に覚えて良いおもいで

ふくらむ恋が観どころ中期から後期

あなたから獏の話が始まるとは

麒麟の乱起こせ台風はメロディ

あおぞらを蓑にしておとろえていく

水の泡すべてがすべて水の中

蝶は鯨乗っけたりして動的夏

  ○

蝶のパズルが完成しない

発芽する脳を堪えて美術館

ひとえに私の/ひとえに苔の所為でした

代わる代わる密室に耳あてている

月光ヶ丘血管は血をもてあそび

桜の印象化を止める術はない

地下に抱擁花は盛りを繰りかえす

螺旋ねじれば元の階段春の雷

鯨幕いったりきたりいったり蝶

 引用:新藤凉子『ひかりの薔薇』、1974年、思潮社
    阿部完市『絵本の空』、1969年、海程社

水溜渡海 柳元佑太

水溜渡海  柳元佑太

春闌けて禽(とり)や獸や天竺路

処(ばしよ)違へ虹反復(くりか)へす中国帆船(じやんくせん)

犬の為め陵(みささぎ)造る虚空かな

水溜を渡海の蟻や南無阿弥陀

朕(すめらぎ)も時に痔ならむ月日貝

春曉の夢樂(よ)くて獏追放(やら)ふなり

蟻食獸(ありくひ)の舌た走りて攫蟻(ありさらひ)

飛び交へ燕何視ても逆光(さかびかり)

夏の旅うす桃色の儒艮らと

生きて日々記憶修理(つくろ)ふ金魚玉

中 吉川創揮

中  吉川創揮

  屋上のパラソル長く見てゐたる

  ボトルシップ葉桜の影重なれる

  父の日のどうも奇妙な足の指

  電車の弧梅雨は車窓の一続き

  紫陽花やゴミの足りないゴミ袋

  はんざきやあたまは読みし本の中

  耳の熱自在に蜘蛛の足遣い

  蠅捨てて忘れて書けば考える

  ガスタンクうすみどりなる梅雨の艶

  冷房や数えの羊居着くなり

unlove 丸田洋渡

 unlove   丸田洋渡

塩胡椒 任意の季語に少しの嘘

風花や濡れ歳時記を立てて干す

次の季節が窓を叩いて生姜焼き

     ○

首入れてあやうく不可視春の麒麟

雪解けの回転寿司に塩鰹

おおよそが粒から液へいくら丼

白魚や変な道から街に出る

かざぐるま街は佳境を疾うに過ぎ

     ○

解題に十月十日はかかる

万華鏡で生まれた。

思い出の教室の重心を取る

カーテンは/彫刻の/紅潮した/風

幻の増殖に伴う出火

百年前に思いを馳せる百年後

戦争が思春期に入った。

     ○

まず服に季語が馴染んで藍浴衣

昼寝覚友だちの句を諳んじる

ロボットにバグの全身転移かな

からくりが露わ理科室半身の陽

川に鷺ここも来年には更地

ともすれば死のねむけ梅花藻の花

花描ける象の画力や竹の春

烏賊は踊る月の遅速に則って

     ○

汽水湖の観察につぎこんでいる

草上の会話は湯気のように凧

雲が降る空 蜜柑入りみかんジュース

雪原に電気走ってそれっきり

しゃぶしゃぶと迷った挙句 の すき焼き

うに軍艦にうにの砲塔

湯豆腐や仮病つかってすぐ夜に

夢で会う子どもたちにも良い名前

間氷期お伽噺にお菓子の家

チェロ奏者チェロと呼ばれて虹は七色

雨傘に合う雨がないふきのとう

妖精に光は重荷ヒヤシンス

水晶体うすく曲がって鳥が飛ぶ

眼球に老化と朽化ネオンテトラ

エアコンのときめきで加速する部屋

100㎞/hの私たちはハザードで話した

夜の脳内に豆電球が点く

湾曲のヴァイオリンから水の音

洗濯機人違いにもほどがある

泥はもう水の虜にカンパニュラ

水汲んできて迂闊にも春の中

定型が割れて金継ぎその繰り返し

火にも箍あると見えたがこの始末

古きよき煉瓦伝いに屋根の上

     ○

そして詩に解硬のとき白木蓮

砂の句の金字塔ならそこかしこ

川には良い思い出ばかり秋のUFO

瓦礫と天使 柳元佑太

瓦礫と天使   柳元佑太

「新しい天使」と題されたクレーの絵がある。そこには一人の天使が描かれていて、その姿は、じっと見つめている何かから今にも遠ざかろうとしているかのようだ。その眼はかっと開き、ロは開いていて、翼は広げられている。歴史の天使は、このような姿をしているにちがいない。彼は顔を過去へ向けている。私たちには出来事の連鎖が見えるところに、彼はひたすら破局だけを見るのだ。その破局は、瓦礫の上に瓦礫をひっきりなしに積み重ね、それを彼の足元に投げつけている。彼はきっと、なろうことならそこに留まり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。だが、楽園からは嵐が吹きつけていて、その風が彼の翼に孕まれている。しかも、嵐のあまりの激しさに、天使はもう翼を閉じることができない。

ヴァルター・ベンヤミン「歴史の概念について」

死が完成(つく)る未完の稿や瓦礫塊

報道は屍體を視せず瓦礫塊

僞(ふえいく)の死・死に偽(ふえいく)無し・瓦礫塊

瓦礫へと瓦礫降るなり舊ピアノ

新しい天使……雪、瓦礫、泥

夜は友の足音こそあれ瓦礫塊

ノー・グローバル運動が掲げる主張の中で何か価値のあるものがあるとすれば、それは、平和的なグローバル化の利益がシステム周辺に住む人々の不利益によって支払われている、という確信なのだ。

ウンベルト・エーコ『歴史が後ずさりするとき』

銃弾のくるしき春を無為(なにもせず)

楽園や春の島嶼(こじま)の思考(ものおもひ)

征く夢が夢で濟むなり目借時

春の虹濃く像(かたち)なす識閾下