切口の匂ふ西瓜の紅に 岡野知十

所収:『味餘』(そうぶん社出版 1991)

刃先を西瓜皮に立てて思いっきり力をこめる。厚い皮は割けていき、かぶさる具合に乗り出した胸の下から清々しいような、甘い瓜の匂いがする。ごろんとまっぷたつに転げた西瓜のその断面は、眼まで染めぬくような鮮やかな紅だった。という夏の涼やかな一瞬を嗅覚と視覚から切り抜いた句。涼やかと言いながらもどこか動物的な生臭さも感じるのは紅という色彩のためか、それとも太陽と大地の養分を厚い皮のうちにぎっしり詰め込んだ西瓜という果物のためか。静かに立ちのぼってくる生命の匂いが日常の淵を見せる。

記:平野

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