桟橋の絵に掛けかへた自室だが、僕が戻つて来ることはない 松平修文

所収:歌誌『月光』No.54

木組みの浮き桟橋には穏やかに波が寄せ、帆を畳んだヨットが繋ぎ止められて上下する。港の様子のなかでも桟橋の景は殊に美しい。飛んでいる海猫に光が散らつく。絵に写し取られると優しげな波音は失せてしまうが、海に反射する光は染料を得てカンバスの上に定着する。

僕は桟橋の絵に自室の絵を掛け替える。絵が窓の役割を果たすなら、室内からはその桟橋の景が見えたに違いない。海の光はその部屋を明るくしたのだろうか。おそらく明るくしただろう。

松平修文は北海道出身、画家でもあった。掲歌は遺稿「よいいちにちを」から。迫る死が意識されながら書かれたものであるはずである。2017年の11月に直腸癌で永眠している。

記:柳元

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です