ろまん 平野皓大

ろまん  平野皓大

雑巾の届かぬ蜂の乾びをり

貌鳥の腹より下を木末かな

ふつふつと水掃く日々や蕨餅

びいだあまいやあ涅槃の潦

義士祭の枕にはしる涎かな

花時をほとんど本へ神田川

外恋しくて荷風忌に誘はれて

競漕にろまん軽やか袴の地

初恋の如く蚯蚓をうち眺む

なじませる夕の冷えや更衣

ひとかけ 吉川創揮

ひとかけ  吉川創揮

四月馬鹿セロハンテープのひとかけ

合傘にこゑ寄せあへる桜かな

水いちまい桜はなびら止めどなし

花冷や眼鏡に日だまりが二つ

睡る手はベッドを垂れてヒヤシンス

夢の終へ方の不明の黄風船

清明やうろくづの銀ときに虹

春光や目覚めは釣られたかのやう

潮干狩り黙だんだんときんいろに

春の雲椅子傾げては戻しては

到来 丸田洋渡

到来  丸田洋渡

凧という字のうつくしさ空で照る

おぼろ月氷引きずる音のして

空中の蜂に格子状のあやうさ

蜂がいる部屋から蜂がいなくなる

春むずかし心は球根のように

花なずな二枚になっている未来

菜の花や骨のかがやき身の中に

手の先に足がある夢金盞花

瞳孔が砂礫のように漠としている

わたしがわたしで 取りこぼしそうだ

火の丈 柳元佑太

火の丈  柳元佑太

春は名のみの墨滴に溺れし蚊

竹の秋僧多くして寺静か

火の丈を吹いて育てし蕨かな

花冷や鴎飛び交ふ山ふもと

花夕の流れげむりも雨意のさま

として受け取る春星の遅延光

木の眩暈朝日が夜を阻却せり

春雷や飯少量を茶漬とし

ありふれて雨降る日々や蕗薹

その記憶皐月岬のものならん

歩く 吉川創揮

歩く  吉川創揮

考へる指を机に初日記

薺みちいつしか土筆みちへかな

口笛を吹くまなざしやみどりの日

げんげ田や遠きなにかの眩しさに

楓の芽大声の気分で歩く

間違えて振り向くやうに野の遊び

沈丁に自動販売機の黙が

スリッパの先へと脱げて宿の虻

この部屋よいくども雲雀のこゑ来る

夕映えの長引いてゐる田打かな

獏 柳元佑太

獏  柳元佑太

浴室に鰐飼ふ夢を町ぢゆうの人間が見し春のゆふぐれ

孔雀その抜けし羽根こそ美と云はめ蓄電したる様と思はば

鉛筆を作る仕事につきにけり日に二本づつ作る仕事に

草木を抽象化せし文字(もんじ)らに雨季は花咲く気配感する

月は日の光を盗み輝けり黒猫の眼を見てより思ふ

婚約の日に飼犬を選びにゆき入籍の日に受け取りにけり

ウヰスキーを海と思へば忽ちに黄金(わうごん)いろの魚跳ねたりや

優しさゆゑ運河逆流してゐたりただ一匹の鮭の遡上に

夏は夜たとへば蛇の抜け殻は風と親しくなるために要る

かすれきし虹を補ふ働きをこころと云へり虹ぞ消えたる

木の痾 丸田洋渡

木の痾  丸田洋渡

木々の木の葉の葉脈のつめたい痾

木が傾くと氷山もそのように

陽ぐるいの木が聞いている春の雪

のどかさや鳥に通じる木の符丁

ある日ある昼木はみずからを鳥瞰する

ひかる針みちる囀ひろがる木

春霖や朽ちていくことにも慣れて

花ふぶき木が占めている実の応答

火に人にいつか消されて花曇



椅子が春こもれびに木に戻りだす

落第 平野皓大

落第  平野皓大

蘖や日に日に下校あかるくて

ボクシングジムに花粉を左右

拳ふりかざしてアトム春の風

落第の怒りは握りをさまりぬ

はかなきものに学舎の剪定を

奔流の底も力の鮎のぼる

見えすぎて春の霙の漠として

天地のこゑおぼろげに野遊を

花疲れ湯浴みに肌が蛇のごと

山の子に蝶の賑はふ素足かな

旧作 30句 吉川創揮

 自選30句  吉川創揮

闇つうと蛇の鼻腔を抜けて春
かなしみの耳の熱きよ紫木蓮
春月やさなぎの中の砂嵐
さびしさは鳴ればよいのに蜆汁
ラシャ鋏うつくしく卒業の日よ
頬にアスファルトの熱や蟻歩む
見てゐれば蟻見えてきし夕日かな
八月来る背中に鼻を押しつけて
たましひを曳く帆なりけり日焼の身
水菜食む遣唐使船すずしく朱
朝蝉や雑巾に濃きしぼり癖
青蜥蜴ペットボトルの潰れし光
空蝉の森やとほくが木に閉じて
金魚玉煙向かうは夕暮れて
うたごゑの天の高きを組み上ぐる
七夕や水たまりその反映も
秋祭夜があをぞらの続きに
待つとなき訃よ折紙の目なき鹿
秋風や魚の骨がたれのうへ
新蕎麦や踵に当たる旅鞄
柿たわわ病に眠り長くなり
手に林檎らららあなたの歌を継ぐ
松虫や水と夜とがすり替わり
墓石は人に翳りて初氷
凩や玻璃戸を走る雨よごれ
カレーの具ごつごつとある神の旅
冬雲雀まつげのごみが景色にひかり
牡蠣啜る太陽吊りて薄き街
夢かなし絨毯に毛の二三本
雪のちの朝よく晴れて金画鋲

旧作 50句 丸田洋渡

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 自選50句  丸田洋渡

文と文法おとずれてから開く雉
蝶にあるたましいと同じ構造
絵から絵へうつる日永やふかみどり
蜂は蜂に分かる字を空にきれいに書く
語りは語りにまで延びていて蝶の錯
初蝶の手渡すように離れけり
書きぐせが本重くして桜貝
葉は山に蝶は閃きぱたんと死
太陽は回っている火白木蓮
鷲の巣や静かな場所で書き直す
文字から墨へ墨から文字へ雪柳
林を想いうつろになる雪洞
流暢に春の砂丘は多楽章
石鹼玉音感のある子どもたち
一行のかろやか花の半音階
飛行機が桜に入りゆっくり出る
落花めまぐるしく彼方ときめく目
月古りてゆく春の高鳴るテニス
まひるまの砂絵の麒麟油かぜ
こでまりの花やゆうべを一番愛す
手を三度ふつてお別れ梨の花
目は空にありつつ話す水ようかん
海から崖を見たことがない冷奴
すずしさや海に港の未完成
夕凪を座りつづけて絵の気配
泉に手を入れ泉を手に入れる
朝曇すぐ手紙はばたく区域
翡翠を引用しては紙を飛ぶ
光それが扉だと知る山椒魚
水からくりいつも上からくる天使
光の子みんな腕無しすべりひゆ
秋冷や光は鳥をもてはやす
眩しさに鹿は一枚へと変わる
鵲や白紙に収まらぬ発光
秋蝶は一昨日の百の構想
すいすいと月が昇って絵が乾く
銀杏散る窓がまたたくまに濡れる
月の暈人体という柔らかさ
太陽も咲くことあれば菊の花
金木犀歩道広くてかなしい午後
銀杏散る庇のように陽のように
沖に季の似かよひあつてひと休み
初雪は原稿用紙に似ていて書く
短日や花を究めてゆけば咲く
凍鶴のうしろを向いて止まりけり
鉱石のうつくしき示唆十二月
マフラーに雪なじむまでの遮断機
こんなにも雪が降りそう白鳥に
飛ぶように泳ぐ白鳥飛ぶときも
書くうちにあかつき軽くなる氷