野分あと歩行者天国にこども 山岸由佳

所収:『丈夫な紙』素粒社、2022

 野分(秋に吹く暴風、現代では主に台風のこと)が通ったあとに、歩行者天国に子どもがいるという句。大きくわけて三つの単語が居合わせるだけのシンプルな句であるが、想像される映像は思った以上にドラマチックで壮大でおどろく。その壮大さは、歩行者天国という単語に隠れている「天国」に起因している。

 歩行者天国とは、車が入ってこない歩行者だけが自由に通行できる道のことであり、本当は天国とはほど遠い場所である。「(歩行者が車を気にせず、道路上で)楽しくやりたい放題」という意味で、「天国」という語が卸されているにすぎない。「こども」といえば、「学園天国」という題の歌も存在するが、あれも場所としての天国というよりは、楽しさや嬉しさの比喩として使われている。「桃源郷」「ユートピア」も似たような用法だと思う。

 天国ではないのに、文字上では「天国」が含まれてしまっている。ずいぶん贅沢な単語だと思う。晴れっぽさや上空っぽさを一気に帯びることが出来る。この句においても、その贅沢さが読者の脳内で面白い動きをしている。
 野分という悪天候が一気に晴れ上がるような高揚感や、野分(空・風)のずっとその上にある天国まで視線が伸びていくような遥かさが脳内で発生する。そして見た目上「野分あと歩行者/天国にこども」と見ることもできるせいで、この子どもが一気に聖性を帯びて、眩しく感じられる。野分というカオスの後で現れた希望の光、というような、(詳しくないからこの喩えは不適切かもしれないが)聖書のようなスケールの大きい句と見ることもできる。

 それくらい、聖なる句として読みを進めていくことも可能そうな気配はしつつも、結局は「歩行者天国」の句であり、実は景はもっと俗っぽいものである、というその夢想との落差が面白い句だと思う。野分→天国で上に視線が伸びていきながら、歩行者天国自体の平面的な奥への伸びも同時に感じて、かなり広い空間が頭の中で生まれる。想定される景色と、理解できる意味と、寄り道してしまう想像がこの句の空間を広げて、膨らませて、最終的に「こども」の映像・意味・存在に収束していく。この子どもを、未来のある子どもだと想像することもできるし、希望の子ども、次の野分のような危険分子としての子ども、どこにでもいる一般的でふつうな子ども と想像することもできる。拡散と収束、危険と希望、悪天候と晴れ、永遠と一瞬、さまざまな二項の間に立っている子ども。その表情は、なんとなく笑っている気がする。そこが歩行者天国だから。

 〇

 加えて、読みながら思った二点を補足する。まず、「野分」「歩行者天国」「子ども」でオ段の押韻が踏まれている。リズムというより、この三つには共通点がある、と示唆されているような気持ちになった。景の中でそれらが結びついていますよ、というアピールのように感じられた。
 そしてもう一つは、俳句を読む上での読みのスタンスについて。私は、歩行者天国の「天国」の部分から晴れ・上空感を汲み取って上記のように読んだが、実際は野分後だから、アスファルトの上にぐちゃぐちゃの泥が散っていたり、吹き飛ばされたトタン屋根が散乱しているかもしれない。でも、この句からはそれはあまり想像できなかった。もし、「歩道」だったら、想像できていたと思う。
 それがなぜか考えたところ、私が無意識に「天国」部分を面白がったからかもしれない、と思った。歩行者天国が、本当に歩行者”天国”であるためには、そこは晴れていないといけない。歩行者が車を気にせず道路の真ん中を闊歩できる喜びというのは、雨の日であればあまり果たされないものだと感じる。ぐちゃぐちゃの道路というのは想像しにくい。歩行者天国と言うのならそれは晴れているし、悪天候というのならそれは歩行者天国ではない、といった気分。私が俳句を読む上で、何が言われているかよりも先に、目に入った単語が、一番いい状態で存在するようにモノを想像しているかもしれない、ということに今回気が付いた。いくら「野分」と言われていたとしても、私は「歩行者天国」が「歩行者天国」然としている状態を真っ先に想像した。今回は丁寧に「あと」と付けられているから、読みに大きな差異はないと判断したが、あまり読者としては良い姿勢ではないのかもしれない。でもこの句では、それくらい字面で「天国」が効果を発揮していたということである。
 その「単語が一番いい状態で存在している」様子の想像は、人によって変わるものだから、他の人がどのように「野分あと」や「歩行者天国」や「こども」を想像しているのか、言葉の原風景とでもいえるキーになる映像について、聞いて回りたいなと思った次第である。 

 〇

 ほか、句集内で好きだった句について引用する。語彙のイメージの衝突や、現実と詩的想像との齟齬を意図的に楽しんでいるような句に特に惹かれた。

汗引いてゆき百年のシャンデリア
スピーカーより秋の蝶むかしから
黄のカンナ丈夫な紙を探してゐる
少しだけ眠る天皇誕生日
鳥雲に入る階段をたなびかせ
白さるすべりどこまで行ける車輪
古着屋に鍵かけられて冬の鳥
透明な洗濯ばさみ雪降るなか
短日の発泡スチロールを運ぶ

記:丸田洋渡

この世にて会ひし氷河に嗚乎といふ 平畑静塔

所収:『平畑静塔全句集』(沖積舎、1998年)「壷国」

氷河は果てしない時間の層を抱えこんでいる。自然の表情や彩りは脱色されて、河のひろがりは濃淡であらわされるくらいの乏しい色彩となる。

それでも惹きつけられるのは、氷河に出会うとき、何億年も侵食と堆積を続ける地形の現在地点に立つからなのだろう。自然の表情は脱色されていたとしても人工っぽさはなく、かえって自然というものをありありと示す。

嗚呼という詠嘆は、胸に迫ってくる自然の厚み、あるいは時間の厚みに対して、最も誠実かつ率直な言葉だと思う。

私は氷河を見たことがない。いつか見てみたいが、今のところは面倒くささに打ち勝つほどの動機はなく、誘われても寒いからきっと行かない。

氷河は静かなのだろうか?あるいは絶えず氷のきしむ音がしているのだろうか?

分かるのは、氷河からしてみれば人の一生など無に等しいほど短いということ。そして人からしてみれば、氷河と抱える時間の厚みはこの世の尺に合わない。この世の尺に合わなければそれはあの世である。

氷河を見て、あの世みたいという感想は陳腐だろうが、結局みんな氷河を前にすればそう感じるじゃないかと思う。もしかすると実際に行ってみれば、嗚乎などというのは気取りで、こんなものかと思うのかもしれないが、それはそれで結構とも思う。

ちょっと文法の話をすれば、〈会ひし〉の「し」は恐らく完了的な用法(会った)で使われているのだろうが、文法的には過去なので、掲句の主体はこの世がすでに過去のものとなっている亡者とも考えられる。

死因は分からないけど、死んで、視界に迫ってきたあの世という場がまったくこの世でかつて見た氷河と同じで、「嗚乎、この世にあの世はあったのか」そんな落語?みたいな読みも、案外悪くないかもしれない。

記 平野

ひらがなをくづせしやうに囀れり 藤田湘子

所収:『神楽』(朝日新聞社、1999年)p.150

「囀り」という音、「聴覚」が、ひらがなを崩すという文字のありよう、「視覚」に接続される。比喩を通じて感覚のチャネルが切り替わるのが読者として楽しい。

ひらがなの崩し字を思うとイメージされる、線に現れる強弱・次の字への自然なつながり、曲線の多用といった特徴は囀りの形容の1つとして得心がゆく。

私は鶯のような鳴き声に音量もスピードも強弱がある囀りを思い浮かべた。

記:吉川

蟬の目の岬育ちの寂かな目 秋元不死男

所収:『万座』(角川書店、1968年)

どこまでも続くとおもわれた陸も岬に出るといよいよその先は海で、波のうねりの大きい日は岩壁にぶつかる波の、底知れない響きが迫ってくるのです。

長いこと岬の土中ですごした蟬たちにとって、海鳴りの恐ろしさというのは常識でしょう。もしかすると蟬のなかには、幼いころ子守唄のように聴いていた海鳴りの響きを覚えていて、喧しい鳴き声に、海鳴りのリズムをひそませる者もいるのかもしれません。

掲句は、真鶴岬七句と前書きされた句群の最後に置かれています。〈灼鳶の声先細り岬細る〉からはじまって、掲句の一つ前には〈崖打つてのぼる濤音蟻地獄〉が並びます。

波は力づよく、恐ろしく、まわりの音どころか人の命も奪います。それは事故かもしれませんし災害かもしれませんし、『万座』に戦後の空気が色濃くおさめられていることをおもえば海没した兵士たちのことも頭をよぎります。

私は海軍贔屓で、もし自分の分身を様々な時代に派遣できるとしたら、分身の用意が100体いや1000体もあれば、1人は海軍兵学校に送ってみたいと思っています。勿論それはロマンとしての海軍であって、自らの死を引き受けているわけではない、無責任な想像ですが。

船に乗って戦地におくられる海兵たちはいわば死にゆくわけです。甲板に出て、相撲を取ってみたりしていても、死ぬまでの寸暇を楽しむような体の悲しみが、あとの時代を生きる私たちの目には見えてきます。

いま、もし、その体を死にゆく体と呼ぶならば、戦後には生き延びてしまった体というものもあったのでしょう。不死男の代表句ともいわれ、『万座』におさめられている〈終戦日妻子入れむと風呂洗ふ〉には、そうした類いの悲しみがあって、平穏な社会になって妻子ができて内風呂ができて、しかし生活の狭間に、過去が身を離れずにつきまとっているような疲労感を読み取ってしまいます。

潮風の吹きつける岬の木にしがみつき、腹を震わせて鳴く蟬の目も同じような悲しさや疲労感を帯びているようです。蟬の寂かな目は、陽を受け白飛びしながら陽を照りかえす海の広がりの底に、あまたの思いが沈んでいることを知っています。

海のことを母なる海と呼び、人の意思を超えた巨大な存在としての海を讃えることも一つの祈りですが、それでも人の世界には人の感情があり、海に融和されない塊として心中に留まります。悲しみや怒りを見つめ、決して溶けることのないその痛みを抱える目が、寂かな目なのだと思います。

記 平野

鯛焼が冷めて野球をまぶしく見る 大塚凱

所収:『或』(ふらんす堂、2025年)

 凱さんはけっこう良い球を投げる。比喩ではなくベースボールの話である。筑波山の宿の前の道路でキャッチボールをしたのは、私も凱さんも学生だったから、だいぶ前のことだ。凱さんは小さなテイクバックから(そのフォームからかつては内野手だったのでないかと推測するが)スピンの効いたボールを放ち、ボールは糸を引くようにしてグラブに収まる。『或』にも野球の句が少なくないと言える程度には野球を材とした句がある。

恋びとを呼ぶナイターのうねりのなか 005

後逸を墓参の人が投げ返す 019

代走が木の実みたいにすぐ還る 019

鯛焼が冷めて野球をまぶしく見る 046

ナイターの歓声遠く尿熱く 136

涸れ川よふりさけみれば盗塁死 150

 これらが技術的に良く出来ていることは当然として、これらを見て思うのは、ある熱狂のただ中に素直に身を置けないナイーブさである。野球を向日的に楽しむ訳ではなく、どこか醒めた観察者の位置におのれを設定する。〈鯛焼が冷めて野球をまぶしく見る〉であるとか〈ナイターの歓声遠く尿熱く〉は、まさしくそうしたポーズが野球という場において行われたものと見える。熱狂と自分のあいだには距離が設定されている。

 けれども〈恋びとを呼ぶナイターのうねりのなか〉からも分かる通り、そこに疎外されながらも何ゆえか身を置こうとする態度も見える。ここにあるのは冷笑という態度とも違う。思うに、熱狂から身を引き剥がすのではなくて、そのうちに消費的に留まって、ナイーブに微笑むか、理知による処理が的確に行われる(「木の実」の喩や「ふりさけみれば」の言語遊戯など)。そしてこれが、『或』に見られる根本的な態度なのだろうと思う。『或』という句集で通奏低音的にとられるこの態度には、正直少し辟易するところがないわけではない。演出的私性の仮構が鼻につくということもまあそうなのだが(それはしかし他の句集だってそうだろう)、何よりもこうしたナイーブさも理知的な技術も、とはいえ「それが行われることが熱狂そのものに何ら働きかけない感じ」がするのだ。そして作中主体もあるいは作者もそれを了解している感じがする。野球という卑近なことに対してもそうだし、資本主義とか、アメリカの覇権主義とか、終わらない日常とか、震災とか、オウムとか、それらに対しても概ね似たスタンスがとられているように感じる。

 つまり、わたしは、初読のとき、幾らか記号的・演出的に処理されたものとはいえ「諦め」のようなものを『或』からはつよく受け取ったのだった。どこにも外部がない息苦しさの反復、そのなかで生きていくしかないという感覚が『或』という句集に立ち込めている。これらを書き留めたことは言うまでもなく『或』の達成ではあるが、とはいえ、『或』がそう簡単にそのオルタナティブを示さなかったこと(と私は思っているのだけれど)が、大塚凱の世界認識の厳しさ・リアリズムなのだとすれば、それがしんどく、悲しかったのかもしれない。この世界がそういう世界であることは(自分の実人生だけでもお腹いっぱいなくらい)知っているから、そういうことよりも、この世界でどう遊べばいいのかをわたしは教えてほしかったのかもしれない(実世界で凱さんがそういう風にかつて関わってくれたように)。周囲の『或』読者と話したときにこの感覚は分かり合えないところだったから、ひっそりと胸の内に感想をしまっていたのであった。

 ところで、春先の時期の休日は、プロ野球のキャンプ映像を見ながしながら作業をすることが多い。ノッカーがグラウンドにひたすらと打球を打つ。黙々と選手が捕球して、握り変え、流れるように送球して、元の位置に戻る。そのさまをだらだらと見る。これまでに積み重ねられてきた数限りなき反復が、その選手の動きに与える洗練された美しさ。それが、選手のその一回性ある身体の動きを通じて、この世にあらわれでるのには見とれる。

人っ気ひとつない侘しい球場で、彼らの野球はいかにも、妖しい美しさにみちあふれ、社会の誰からもかえりみられずに、むしろ、退廃にちかい孤絶の状態で、狂おしい饗宴をくりひろげている。人間のからだが、あのように伸び、曲がり、蹴り、投げ、走ることから、いわば、舞踊のエッセンスともいえる美の造形にむかって、もてる力のすべてを集中する。その集中の過程で、ひとはじふんの性格をしり、個性をみつけ、運命をかんじとり、世のなかを生きていく意味をわかりかけてゆく。彼ら選手たちのプレーが美しくうつればうつるほど、ひとびとの心のなかに、野球は生活そのものを反映する実体となってゆくのではないだろうか。(虫明亜呂無「名選手の系譜」より)

 いまはわたしは『或』の句を、職業野球のノックのように眺めることが出来る。書きつけられた句を、書くという営為の末端にあるものとしてとらえ、その末端から、書くという営為そのものを、ノックの一連の身体所作を、その送球から逆回転的に想像するようにして眺めなおすとき、書かれたことを虚心に受け取るよりも充実した何かを、受け取ることができるのではないか。『或』はこういう読みにおいて、その洗練を強度として見せてくれる。それはテクニックというよりもテクネーと呼ばれるような、それ自体作者の生と関わりあったありようを開陳しているはずで、それを感受するとき、『或』は諦念の句集ではなくなる、と思った。

記:柳元

真白き箱折紙の蟬を入れる箱 生駒大祐

所収:『水界園丁』(港の人、2019年6月)p.112

話は遠回りになるが去年、吉田秋生作の漫画『BANANA FISH』をふと思い立って一気に読んだ。NYのストリートギャングのボスの青年アッシュと、日本からやってきた普通の青年英二が「バナナ・フィッシュ」という謎のワードを追う中で大きな陰謀に巻き込まれてゆく、といったあらすじ(話の内容はこの句とは全く関係ないがよい作品なので未読の方は是非)。

ラストページは天井視点からの日光がいきわたる室内の風景。
細い線に縁どられて浮かび上がる「白」が印象的なこのページに「真白き」掲句を思い出した。

掲句には作為性(貶しているわけではない)が多分に含まれている。
「箱」のリフレイン、単なる「白」ではなく「真白」、そして生きている「蟬」ではなく「折紙の蟬」そして、その「折紙の蟬」を箱に入れる、という意味は理解はできるが背景は見えにくいシーン。
上記が醸す虚構の匂いは、折紙の蟬を白い箱に入れるという行為に見え隠れする「祈り」なのか「哀悼」なのかそういった類の感情を生々しく描くことはしない。逆にその感情を捉えにくく、茫漠とさせ大きな「余白」を作る。
その作為された「余白」にこそ私はより、「祈り」や「哀悼」を見出してしまう。

「真白き箱」」の中の暗闇、その中の「折紙の蟬」、箱に入れるときに感じる「折紙の蟬」の薄さ・軽さ、折紙を折るという行為に加えてそれを箱にしまうという丁重さ……。

『BANANA FISH』のラストシーンも、掲句も、作為された余白の曖昧な雄弁さを私は好んでいるのだなと気づかされる。

『水界園丁』は装丁も非常に素敵な句集で、滲むような文字のフォント、ページの手触りや余白がこの句をより引き立てている。是非句集を手に取って読んでほしい。

記:吉川



蟇と生れて爆音下なる高歩み 加藤楸邨

所収:『加藤楸邨句集』(岩波書店,2012)「まぼろしの鹿」

新興住宅地を抜けると、年中湿っぽく、どの家の壁も蔦で覆われているような、ほんとうに人が住んでいるのか不思議になるくらい、ヒッソリとした場所に出る。そこでよく、ヒキガエルを見かけたなとおもいだす。

この世に生まれ出ることは、ヒキガエルとしてでも、たとえ他のかたちの生物だとしても、まずはじめの暴力的にさらされる経験で、選びようのない体をあたえられ、選びようのない環境に放りだされる。

空から爆弾がふってくるようになったのも、ここ百年くらいのことで、この時代に私が生きているというのは偶然にほかならない。空爆は人を選ばずに、ただそこに居合わせたというだけで、人を死へといざなう暴力だけど、ありがたいことに私は空爆にさらされる経験をまだしていない。

ヒキガエルとして、爆弾降りしきるなかで生まれる。暴力にさらされつづける中でのこの高歩みはさまざまに解釈することができる。周囲に惑わされず毅然としているともとれるし、周囲に気づかぬマヌケともとれるし・・・・・・。でも、思うのは、ヒキガエルとして生まれたからには高歩みして体を動かすほかなく、高歩みを寓意や象徴として解釈する以前の、その肉体のかたちで生きなければならないことへの悲しみが、高歩みそのものに宿っている。

楸邨といえば人口に膾炙しているヒキガエルの句は《蟇誰かものいへ声かぎり》だけど、このスローガン的なヒキガエルより、生の悲しみに触れるような、掲句におけるヒキガエルのありように私は軍配を上げたい。

とはいえ、ただ体を前に進める身ぶりよりも、誇示・反抗するヒキガエルが必要とされる時代はあり、そして現在、わざわざこんなことを私は書かなくてはならず、どもった口ぶりになっている。

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掲句の収録された『まぼろしの鹿』は第2回(1968年)の蛇笏賞。掲句は「寒雷」(1953.9)が初出。

記 平野

ブルーデージーこころにさきがけて涙 神野紗希

 所収:「noi」vol.4

 涙はほしいまま流したり止めたりすることが出来ぬ。むろん噓泣きとか演技の涙というものはあろう、意識して涙を流すことは出来る、しかしそれは涙ではなくて単なる水に過ぎぬ。

 涙とは、言葉の網目がこころのうちに感情を発見するよりも先に、頬につめたくつたう感触でわがこころの機微を教えてくれるものだ。感情はいつも涙に遅れて見つけられる。遅く来た理性の言葉によって名前が与えられる。

 涙がいつもいちばんはやい、嬉しいとき悲しいとき悔しいとき、感情的緊張に立ち会えば、涙という機構はいつもそれを素早く感知して、わたしに知らせた。涙はこころの下部組織でない。涙は涙として独立し、迅速に動いた。涙はなにより涙を流す主人を慰めんとして、一番先に駆け付けた。涙はこころの換喩として美しいのでない。涙はそれ自体のはやさをもって美しいのだ。 

 ブルーデージーはキク科フェリシア属の植物。ブルーデージーという名前がついているけれどもデージー(雛菊)とは種類が異なるようだ。淡い青がほっそりした花弁にやわらかく行き渡るさまが優しい。

記:柳元

一月の滝いんいんと白馬飼ふ 飯田龍太

所収:『麓の人』(雲母社, 1965)

「いんいん」はおそらく「殷殷」。大きな音が鳴り響く様を示すらしい。

飯田龍太には「一月の川一月の谷の中」という名句があるが、「一月」という季語の扱われ方は両者似たような趣を感じる。
「一月」はその文字面の簡素な佇まいによって、詩情を抜きに冬の滝の存在感を描く。
この句の場合は「いんいんと」という中七のダイナミックな表現・音声の響き、そして下五の「白馬飼ふ」の神話的な詩情(不勉強だが、白馬は日本では昔から神と親和性があるはずだ)に対して「一月の滝」がぐっと句を引き締めている。

「いんいんと」とがそのまま「白馬」に連なることで、滝の白い水しぶきと、白馬のイメージが重なるのが美しい。

記:吉川


若菜野の濃みどり若菜のみならず 皆吉爽雨

『三露』(牧羊社 1966)

新年は新年で、師走とはちがう忙しさがあって、それは生活のメインが自宅へ移ったときの家族・親戚間でおこなわれるコミュニケーションの気忙しさである。

たとえ、年初くらいはだらだらしてやろうと決め、酒をたしなみながら、ソファーやベッドあるいはフローリングに身を横たえて過ごしたとして、それは職場というマジメさを求められる場からちょっと自由になったにすぎず、家では家のはたらきがあり、家を支えるための挨拶があり、どうにも逃れられない窮屈さがあちこちから迫ってくる。

もっとも、それらのワズラワしさをすべて遮断してしまい、気のおもむくままに過ごすことも可能だけど、それはそれで非情な、毅然とした立ちふるまいを必要とし、結局のところ私なんかはまとわりつく情にほだされて面倒ごとを引き受けてしまう。だからこそ情を綺麗サッパリ拭える人には心のどこかで憧れを抱く。

さて、掲句について。

正月も六日になると新年の忙しさもひと段落ついて、仕事もはじまり、そろそろ気分を入れ替えてみようかなとおもう。野に出て、ひややかな空気にさらされて、家の雑事も仕事もわすれてゆっくりしてみる。なるべく、世間の喧噪からはキョリを置いたほうが良いだろう。

力強く、日を照りかえす濃いみどりの野面を前にしてひと息ついたあと、みずからも野にまじって、若菜のあいだを逍遙する。腰をひくく落としてみれば、疎ましい家のうちの臭気とは別の、いきいきとした草や土が匂い立ってくる。

若菜を摘んでいるうちに、ささやかな草が一つ二つと目につくようになってくれば、だいぶ余裕が出てきた証拠で、若菜だけをもとめず、そのほかの草もひとしく愛でているような楽しい気分が掲句にはある。また、自然とまじわることで、身にまとわりついた家の空気からも、若菜野という言葉の垢からも抜けだして、心が自由にあそびだしている感じもある。

そもそも若菜野は春の七草がそれぞれ入り交じり生い茂っている野であり、そこにプラスして別の草も生えているというのは、とても賑やかで、エネルギッシュで、それゆえ何となくおめでたい。

掲句の中心は、若菜以外の草を見つけたことへの驚きにあるのではなく、広闊な野にあそぶことによって生まれる新鮮な気分であり、もっと言えば、気分の変化によってうつり変わっていく、風物のおもしろさである。

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掲句の収録されている『三露』は第1回蛇笏賞の受賞句集。

個人的に蛇笏賞を順番に読み進めることをやっているが、一句鑑賞は出来ていないので、帚の場を借りて鑑賞を進めていきたい。蛇笏賞句集を読む① 皆吉爽雨『三露』|平野

noteでは掲句を含め計20句書き出している。『三露』にあたっていただく契機になると大変ありがたい。

記:平野