新酒 平野皓大

 新酒  平野皓大

色街をおもしろく見て青瓢

さしもなき日の対岸の鰯雲 

掌にうつせる秋蚊脚を曲げ

神の旅カメラ一日して壊れ

魚鳥の栖をわたる秋の雲

人に雨虫売の眼の奥の熱

裏町をひつつき通ふ踊唄

秋扇いたづら広く開きけり

台風の留まらぬ眼に憧れて

今昔を新酒明るく温かく

雨・川 吉川創揮

 雨・川  吉川創揮

雨音の硯を洗ふ部屋塞ぐ

秋の蛇這ひ来る耳の温き水

水溜まり覗いて行くは墓参

白萩の手の乾きまで撫で削げる

曼殊沙華口から糸を曳いてこゑ

十月は影滲みだす梢・人

コスモスの空ばらばらを結べば目

駱駝揺れ歩きて釣瓶落しかな

引き延ひて雲眩しさの水澄めり

秋燕に川の反射の濃き薄き

※延ひて(はひて)

everlasting 丸田洋渡

 everlasting  丸田洋渡

胡桃ホテル戦争を話しますかね

威銃あたまのなかの樽のなかまで

感性の空とぶ魚群ぷちぷち死ぬ

鹿振りむく風がたしなめる空位

霜降や空もひとりの悲しい子

艦おちてくる雪のはじめてのように

​ああ空の産卵期ひとつずつ磨く

季として死あるのかも空色の空

これからは海の海たる不安のなかで

終わってもつづく映像/映像美

このアパートには住めない 柳元佑太

 このアパートには住めない  柳元佑太

ぼくがまぼろしなのかもなあ 日溜りに睡ると見えて溶けてゆく猫

この町は河川敷から秋になり人々はそれをたまに感じる

テトラポットは波が好きだが仕方なく波を殺める だから墓です

人間が人間に抱きついてゐる、親密な可能性が高い

かなしみが展いた途だつて分かるあめんぼら薄れながら弾ける

ぼくといふ一人の他者の人称は、すべての色で光りかがやく

もしぼくがとても大きな龍だつたら、このアパートには住めないだらう

ママン宛の手紙を抜けだすな文字よ、宙をただよふ、蝶の寄り来る

虹はすべて何処かで蛇が死んだ合図だ、ママン、掃除をしてくれるなよ

合ひ言葉は会ふときに言ふので愛さ、Be Groovy Or B-Movie.

円 平野皓大

円  平野皓大

貝独楽を回すに夢の鰻かな

露寒し雨師の庭なる瓜の牛

長汀をながらの雲と盆帰省

あたふたと俵円かな負相撲

宮相撲遠巻きにして欅樹下

梨に虫集まつてをり雷多し

踊子に肌音頭とうつところ

掌にうつせる熱も秋気かな

楼閣のここにありしか轡虫

流れ星洗ひたてなる事忘れ

 *円かな(まど-)

夏痩 吉川創揮

夏痩   吉川創揮

夏山やかつ丼のかつつゆ浸し

窓がらす疎にして空家かたつむり

芍薬や雨みつちりと遠き景

手花火を配る係となりにけり

空間にプールの匂ふどこかの子

釣堀や夢から上がらない私

切株の羅列の午後に伸びてゐる

思い出に巻かれて夏を痩せにけり

コンビニの青秋だとか言うみんな

カーテンの向かうのこゑは秋のもの

天使感 丸田洋渡

天使感  丸田洋渡

天使感ある一瞬のわたしたち

心臓=檸檬 生まれすぎた子ども

からくりを新涼の地/月球儀

月ぐうぜん卵のかたち袋角

引用者 子どものなかの誰かの血

子どもが月を 直視している

こころ昂る窃盗は夜のうちに

この網に月かかるのは時間の問題

世界は蚊のように震えていました。

天使感ある熱演のわたしたち

香港・牌 柳元佑太

 香港・牌  柳元佑太

掌に塔立ち上がる炎暑かな

金魚とは冷たき火なり香港死す

秋はるか来し旅人に紅生姜

蝋燭の火の湧き出づる水見舞

天体の惰性の線に二たつ柿

星の夜の確率に牌起し伏す

脱法の麻雀の柿動きけり

惣老師より一筆と祭寄付

持ち山は松茸山ぞ惣老師

秋草の未来の彼は潑剌たり

盛衰 平野皓大

 盛衰   平野皓大

太陽のあらねど暑し瓜膾

背中ある炎天に坂急なれば

鉄橋を舌のみこむよ日傘

白桃を歩める蝿も岐阜提灯

盛衰のトランプ遊び唐辛子

秋の川くじは袋に屑となり

迎火にくるぶし膨れ草の花

光る遠のくそれらが魂や茸汁

流燈の巷たやすく通りすぎ

衣被ながき梯子と仕事して

秒 吉川創揮

 秒    吉川創揮

きらきらと蝶をもみ消す指ふたつ

睡ときに死そばに眼鏡の灼かれゐて

ナイターの灯に白ぼけて街続く

先生とすれ違ひたき夜店かな

金魚持ち帰る灯りに揺らしつつ

眼をふたつつくる夏蝶のちらつき

なんらかに蟻のたかりの大きさよ

長生きの気分に見遣る扇風機

蚊遣火や手を洗う癖移りきて

秒針や葡萄の皮の濡れ積もる

※睡(ねむり)