旧作 30句 吉川創揮

 自選30句  吉川創揮

闇つうと蛇の鼻腔を抜けて春
かなしみの耳の熱きよ紫木蓮
春月やさなぎの中の砂嵐
さびしさは鳴ればよいのに蜆汁
ラシャ鋏うつくしく卒業の日よ
頬にアスファルトの熱や蟻歩む
見てゐれば蟻見えてきし夕日かな
八月来る背中に鼻を押しつけて
たましひを曳く帆なりけり日焼の身
水菜食む遣唐使船すずしく朱
朝蝉や雑巾に濃きしぼり癖
青蜥蜴ペットボトルの潰れし光
空蝉の森やとほくが木に閉じて
金魚玉煙向かうは夕暮れて
うたごゑの天の高きを組み上ぐる
七夕や水たまりその反映も
秋祭夜があをぞらの続きに
待つとなき訃よ折紙の目なき鹿
秋風や魚の骨がたれのうへ
新蕎麦や踵に当たる旅鞄
柿たわわ病に眠り長くなり
手に林檎らららあなたの歌を継ぐ
松虫や水と夜とがすり替わり
墓石は人に翳りて初氷
凩や玻璃戸を走る雨よごれ
カレーの具ごつごつとある神の旅
冬雲雀まつげのごみが景色にひかり
牡蠣啜る太陽吊りて薄き街
夢かなし絨毯に毛の二三本
雪のちの朝よく晴れて金画鋲

旧作 50句 丸田洋渡

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 自選50句  丸田洋渡

文と文法おとずれてから開く雉
蝶にあるたましいと同じ構造
絵から絵へうつる日永やふかみどり
蜂は蜂に分かる字を空にきれいに書く
語りは語りにまで延びていて蝶の錯
初蝶の手渡すように離れけり
書きぐせが本重くして桜貝
葉は山に蝶は閃きぱたんと死
太陽は回っている火白木蓮
鷲の巣や静かな場所で書き直す
文字から墨へ墨から文字へ雪柳
林を想いうつろになる雪洞
流暢に春の砂丘は多楽章
石鹼玉音感のある子どもたち
一行のかろやか花の半音階
飛行機が桜に入りゆっくり出る
落花めまぐるしく彼方ときめく目
月古りてゆく春の高鳴るテニス
まひるまの砂絵の麒麟油かぜ
こでまりの花やゆうべを一番愛す
手を三度ふつてお別れ梨の花
目は空にありつつ話す水ようかん
海から崖を見たことがない冷奴
すずしさや海に港の未完成
夕凪を座りつづけて絵の気配
泉に手を入れ泉を手に入れる
朝曇すぐ手紙はばたく区域
翡翠を引用しては紙を飛ぶ
光それが扉だと知る山椒魚
水からくりいつも上からくる天使
光の子みんな腕無しすべりひゆ
秋冷や光は鳥をもてはやす
眩しさに鹿は一枚へと変わる
鵲や白紙に収まらぬ発光
秋蝶は一昨日の百の構想
すいすいと月が昇って絵が乾く
銀杏散る窓がまたたくまに濡れる
月の暈人体という柔らかさ
太陽も咲くことあれば菊の花
金木犀歩道広くてかなしい午後
銀杏散る庇のように陽のように
沖に季の似かよひあつてひと休み
初雪は原稿用紙に似ていて書く
短日や花を究めてゆけば咲く
凍鶴のうしろを向いて止まりけり
鉱石のうつくしき示唆十二月
マフラーに雪なじむまでの遮断機
こんなにも雪が降りそう白鳥に
飛ぶように泳ぐ白鳥飛ぶときも
書くうちにあかつき軽くなる氷

旧作 50句 柳元佑太

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 自選50句  柳元佑太

太陽も鬱どきなりや籠の雉
囀や翠ときをり紅に
白梅の捻れびらきや氷りつつ
蕗の薹雪の予報を信じける
梅咲くや僧叱られて快楽顔
鳶湖上雨と疑ふほど霞む
月は飴色西行の忌なりけり
バベル以後塔のかなしさ燕
山に憑く春夕焼や壺に味噌
春山河海老天麩羅の海老小さき
君が居にいつも虻をり名与えん
蝶々は誰が手紙ぞ夕山河
照るごとくありや皐月の旅ごころ
さはれずの墓たちのぼる紫雲英田は
葉一片風の柳を離れけり
虹鱒を釣らば虹さう信じゐき
樺一樹四方雲海の照り返し
本名も如何にも僧や立葵
仁和寺はいちにち雨や鱧茶漬
喪ごころや麦茶の中をうごく茶葉
 土佐 二句
われの影われよりも美し土佐夕焼
鰹潮鳴りどほす夜はさびしけれ
特に詩才なし蚊に喉(のみど)ありやなし
おもへらく獏も夢みむ夏大根
杉越しの日輪太り夏燕
一と夏の沖の温度を李かな
水へこみありあめんぼの脚の先
ひまはりの長はなびらの先の蟻
なみおとになみたはぶれてなつのくれ
秋雲や千切れて飛べる雲の中
黄泉も暑からむと扇買はれけり
といふ夢みて忘れけり蛇の衣
秋蝉や金色ならむ仏陀の屁
 阿蘇 二句
とろろ面(も)に醤油浮くなり球のまま
夜の阿蘇山(あそ)とろろ泡噴(あぶ)くは音も無し
天の川犬死ぬたびに犬飼うて
月光に折皺なけれノオトに詩
おもへらく木枯は木を愛してゐる
詩がよく出来るふるさとが氷る頃
軽雪虫重雪虫よ触れ飛べる
ひとときを火は柱たり雪兎
覚めぎはの夢ましろけれ裕明忌
 成人式 二句
雪眼雪焼なりし君等に幸ひあれ
雪を投げ合うて笑うてさやうなら
冬や汝が眼削げば中に真珠あらん
どか雪や僧が日替り定食を
ふくろふを統ぶる位にあられけり
教科書のをはりの雪の詩なりけり
中心へ火が燃えすがる火の中で
日が氷りつつ差しゐたり籠(こ)に雲雀

旧作 30句 平野皓大

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 旧作30句  平野皓大

読みさしのままに一日や涅槃雪
蜜を吸ふ蝶にとぼしき花の幅
山ざくら鳶まつくらな目を瞠る
虫喰ひに指をあてがふ青しぐれ
さみどりの香水が瓶かたつむり
海に雲きのふの飯は饐えゐたる
うつすらと息づく蛇を葉擦れとも
夏みかん貧しき頬をふくらます
流鏑馬や弓は肘より張りつめ来
炎帝の靴を焼べたる火の国か
天草にわたる橋あり夏日あり
天草やからから干して蛸通り
来よ来よと象が鼻うつ夏野かな
雲へ鳶刈田は音のとほりみち
月の肌艶やかに雲はざまかな
手に芒あれば日が暮れ膝小僧
虫籠や昼のつぺりと隅田川
船頭や波に捨て菊ただよひ来
捨つる湯に熱のすこしく菊枕
思ふとき汽車に乗りたる夜火に雪
寝不足の手に蓬莱のさみしさは
島国になにはともあれ初日かな
鰤釣や曇の越後をゆらぎ見る
返り花とは一息の呆けなる
冬ごもり庭に出るさへおそろしく
天平の氷柱に音のありさうな
鑑真がまぶたに透かす冬日かな
傘あげて傘を通せり成人日
籠り髪くるくる風邪の神とゐる
ノストラダムス忌ここらは海にあらざりき