
ろまん 平野皓大
雑巾の届かぬ蜂の乾びをり
貌鳥の腹より下を木末かな
ふつふつと水掃く日々や蕨餅
びいだあまいやあ涅槃の潦
義士祭の枕にはしる涎かな
花時をほとんど本へ神田川
外恋しくて荷風忌に誘はれて
競漕にろまん軽やか袴の地
初恋の如く蚯蚓をうち眺む
なじませる夕の冷えや更衣

短詩系ブログ
所収:『櫻島』 アド・ライフ社 1957
無季の1句。
この句が詠まれた当時のことは分からないが、現代において消火器は学校や職場など様々な場所で毎日のように目にするだろう。だからこその「また会う」というフレーズ。
磨かれた消火器の色は、発色がよく、光もよく反射するのでどことなく安っぽく軽薄な印象を与える。消火器が連想させる火事という恐ろしい現象も切迫感をもって立ち現れることはない。
消火器の赤にぼんやりとした不穏さを感じながらも、「明日また会う」とこの不穏さが日々続くと考えるこの句の主体は、どことなく現実に対して冷めているような人物として立ち上がる。
577の形をとる句は、句末が伸びているために間延びした印象を与えがちであるが、「明日また会う」は、a・si・ta・ma・ta・a・uと、a音を多く含むからかリズミカルにも感じられる。
記:吉川
所収: 『大井恒行句集』ふらんす堂 1999
初出は『秋の詩』1976。
見てもすぐにわかる大量の「火」。私は短詩において口に出した時の発声の感覚、韻律というものが大事だと考えているため、いつも作品を口に出してその流れや気持ちよさ/気持ちわるさを確認している(静かにしないといけない状況のときは、心の中に見えない唇を用意して、それで発声している)。この句は、声に出したときにあまりに面白く、一読してすぐさまメモすることになった。
内容は火の世界の幻想。火は火のことを思い、慕い、祭り、悼む。火と火のつながりを、火祭のなかの火のほこらに見ている。人間がどこにもいないような火まみれの景に憧れる。「かの」が無かったら、17音で収まってはいたが、この「かの」が効いている。抽象的な世界で、知らない何かが指示されることで、その世界がより一段説得力を持つ。火の世界にも「かの」と呼べるような順序、位置のようなものがあるのだろう。
火の多さ、そして「かの」「の」で絞られていって最後は「ほこら」に行きつく。これは声に出す時も感じる。火(ひ)からハ行、「の」のOの母音によって、スムーズに「ほ」の音に行くことが出来る。自分が過敏に感じすぎている節もあるが、唇や息の感覚と、内容の展開が一致しているように感じられたのが、ものすごく気持ちがよかった。
一応「火祭」は秋の行事の季語であり、人間もいるであろうし、人のように、火も火のことを思って火祭が行われている、という句として読むのが妥当であろう。「かの」も、何らかの祭を指定しているのであろう。ただ、私の直感では、人が消えうせた、火だけの世界のように思われた。それは、単に私の憧憬なのかもしれないし、韻律のためかもしれない。
記:丸田
所収:『鳥語』(牧羊社 1972)
処女句集『鳥語』劈頭の句。 前書きに奄美大島とある。
福永耕二の代表句として第二句集『踏歌』に「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」があるが、風景・イメージ・色調という点でどこか通底しているように思う。まわりはすこし暗いけれども、遠く目をやれば残照が映えていると言えばよいか。
『鳥語』は句集の装丁からして紺色で、劈頭の掲句、その次に置かれた句、そしてその次も、と同様のイメージが続いていく。そして読み終えたときには、一色に染め上げられてしまう。
また、二十歳のときに「馬酔木」ではじめて巻頭を取った句でもあり、そう言われるとべたっとした青春の鬱屈や、沖をさすという決意・心意気が裏に表白されている気もしてくる。
四十二年という比較的短い生涯のはじめに、掲句があったことに対して意味を見出したくなる。もちろん、それは感傷に過ぎるが。
記 平野
所収:『色無限』2002 朝日新聞社発行
蛙に目を借りられるため眠くなるという俗説にちなむ季語「目借時」が何とも不穏。居眠り運転という方向に季語を働かせるのは句の魅力を減じると思う。理屈でなく二物衝撃として読みたい。
アイルトン・セナ(1960-1994)はサンパウロ出身のF1レーサーである。「レインマスター」「雨のセナ」と呼ばれるほど雨のレースに無類の強く、3度のワールドチャンピオンに輝いた天才ドライバーで、記録にも記憶にも残る選手だった。
1980年後半から1990年前半にかけて日本で起こるF1ブームとキャリアがほぼ重なっており、マクラーレン・ホンダのファーストドライバーでもあったことから、日本でもセナは「音速の貴公子」と呼ばれ大人気であった。(例えば少年ジャンプで連載されたアメフト漫画「アイシールド21」の主人公の名前は小早川セナであり、これはアイルトン・セナから取られた名前である。没後もメディアの各所にアイルトン・セナの面影を見ることは出来、人気のありようが伺えると思う)。
彼の衝撃的な事故死は1994年5月1日であった。イタリアのサンマリノグランプリにおいて左コーナーを首位で走行中のセナは突然コースアウト、実に時速211キロものスピードでコンクリートブロックにぶつかったのである。
幸い進入角度は浅かったため爆発事故には至らなかったが、致命的な頭部外傷をおい即死であったと伝えられている(そのため光部氏の掲句における「爆死」というのは事実と照らし合わせた場合には一応、正確ではないことを指摘しておく)。即死であったようだが記録としては搬送先の病院で死去ということになっており、この辺りは定かではないようである。
天才的なドライバーで技術的にも優れていたはずのセナの事故死は到底信じられるものではなく、様々な人間が追悼の意を表した。特に終生ライバル関係にあり犬猿の仲でもあったプロストも葬儀に参加し、涙している。母国ブラジルは国葬をもってセナを弔い、政府は3日間喪に服した。
これを境に日本のF1人気も落ち込んでゆくことになる。
記:柳元
所収:『風景』牧洋社 1982
秋の爽やかな大気を映した美しい水の様子を表す「水澄む」を季題とした一句。これ以上澄んでしまったならば、という意味の表現なのでこの句が捉えているのは、澄みゆく水の一瞬の表情だろう。傷つくはずもない水に対する「傷つかむ」という表現が、水の表情をへの想像をより豊かにする。澄みゆく水の美しさと、美しすぎるが故の危うさ。傷ついてしまいそうな繊細さ。それらを合わせもった不思議な水の表情。
この句を読むと、毎年のように見ている秋の日ざしに瞬く水に、人の手の及ばない自然の凄まじさが潜んでいることを思わされる。
記:吉川
所収:黒川孤遊 編『現代川柳のバイブル─名句一〇〇〇』理想社 2014*
松本芳味は〈鳥葬の後も/のこる歯/噛みつく歯〉、〈難破船が/出てゆく丘の/ひそかな愛撫〉など多行形式の川柳を作句したことで知られており、掲句もまたそうであるが、妙な後味を残している。
指をピストルの形にして、それをピストルとして、妻や子を撃つ夢想をする。もちろん、ピストルといえど指であるから、撃たれた妻も子も死んではいないだろうし、遊戯の一つとしてなされたのかもしれないが、心穏やかではない。
撃つのであっても、標的は他にいくらでもある(たとえば冷蔵庫、植物、動物、町を行きかう他人)。しかし、大事であろう身内を撃つ。妻や子は今撃たれようとしていることに気がついているだろうか。妻や子を撃った後、主体は自分自身をも撃つだろうか。いろいろな状況や事情を考えることが出来る。遊戯のようにそうしている状況、真に迫られて妻子を撃つことになるかもしれないことを哀しく想像している状況……。
多行書きであることや、「撃ち」という強い単語の連続が、簡単に読み過ごそうとする心を引き留めている気がする。本当に撃たれたのではないか、本気で撃とうと思って撃っているのではないかと、悪い想像をしてしまう。
福田若之の俳句に、〈眠るちちはは刺すこと思いひとりで泣く〉(『自生地』2017)がある。これは、「刺すこと」を想起した後、その自分の想起したことに対して泣いている。行為の後の自省までが含まれている。さて、〈指さきを〉の句の主体は、この後どういう感情になっているだろうか。行為の瞬間しか映されていないということが、銃になって、あらゆる想像を脳に撃ちこんでくる。
*本来、句集等を引くべきだが、句集が手に入らず確認できていないため、アンソロジーをそのまま記した。確認でき次第、追記したい。
記:丸田
所収:「ホトトギス雑詠選集 冬」より 大正11
なめ消すのは唇か紅か、この句を見るたび悩ましい。唇「に」ならば簡単、鏡を見ながら唇に付着した紅に気がついて、舌で舐め消そうとしているのだろう。しかしあくまで掲句は「を」、唇を紅で塗り潰す。そして消えてしまった原色の唇。このとき鏡越しに見ている粧われた唇は、果たして自分のものといえるのだろうか。消すのは唇か紅か、妖艶さに導かれる不思議な一句。
記:平野
所収:週刊俳句10句作品「ウォーターゲーム」より
掲句、記憶している限りではスピカで神野紗希さんが取り上げたことでツイッターを中心にバズったはずだ。
星野源・新垣結衣が主演のTBSの火曜ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が大流行りしたのが2016年の秋冬だったはずで、発表がその終了の3ヶ月後だから日本中が「逃げ恥ロス」に包まれていたとき。話題としてもタイムリーだったといえるだろう。ぼく自身、星野源と言われるとこの句を思い出すというくらいには頭に刷り込まれていて、メディアであの顔を見るたびに「にやにや笑う星野源……」と思ってしまう。
それにしても「にやにや」という措辞が絶妙だと思う。語の本義としては少し気持ち悪い薄笑いという感じがして、あまりプラスの言葉ではないと思うのだけど、それを「チューリップ」の底抜けの明るさというか、能天気な感じで深みを増すことが出来ている。カレーにインスタントコーヒー入れて深みが増す感じというか。うまく比喩できませんけど。
星野源を知らない人はいないと思うけれど、念には念を入れて説明すると、彼は1981年生まれの歌手・俳優・文筆家と様々な顔を持つマルチタレント。ぼくはNHKの「LIFE!」というコント番組がとても好きだったので、星野源という人間はこんなにユーモラスなのかと驚いたし、それは「星野源のオールナイトニッポン」の軽妙な(時には過激な)下ネタを混ぜたやりとりを見たときにはそれが確信に変わった。でもそれは人を傷つけるような類のものではなくて、バランス感覚のよさを思ったし、それは心根の優しい人間がする配慮の感じだったから、信頼できるなぁ、と思ったのを覚えている。
ここからは個人的な星野源の思い入れの話になる。学部1年に受けたベンヤミンの講義の最終回で、そこそこ老齢の教授がおもむろに教室中に星野源の初期の名曲「ばらばら」を流して「まあこれが全てです」と言った時はさすがに衝撃を受けた。
世界は ひとつじゃない
ああ そのまま 重なりあって
ぼくらは ひとつになれない
そのまま どこかにいこう
星野源「ばらばら」
よいですよね。これ以降星野源という存在がやたらと気になるようになって、あまのじゃくなのでカラオケで友人が踊る「恋ダンス」とかは白い目で見るのだが、以下の記事なんかを見つけた日には、ああこの人ほんとに考える人だし、誠実な人なんだなと思って小躍りしてしまった。
ばらばらだからこそ手と手をつなげるのであって、ひとつになっちゃうっていうのは目的が変わってきてるんじゃないかなって。
「ばかのうた インタビュー」より
https://www.cinra.net/interview/2010/06/25/000000.php?page=4
すごくないですか。星野源。
記:柳元