所収:『櫻姫譚』ふらんす堂 1992
何を書くでなく筆を持ってみたりする。考え事をする際の癖なのかもしれないしそうでないのかもしれない。それによって何かを思いつく訳でも、特段安心する訳でもないが、しかし何となく筆を持ってみたくなるときがある。
そしてそんな日は、普段にも増してその筆が心細く思われる。寂しく思われる。何があったというわけではないのだけれど。春の憂いというものか、などと、のんきに考えてみたりもする。
裕明には〈好きな繪の売れずにあれば草紅葉〉〈約束の繪を見にきたる草いきれ〉など、絵の句が多いから「春の筆」とは絵筆なのかもしれない。
けれども、よく考えてみれば裕明の絵の句はほとんどが鑑賞する側。と思うと、絵筆ではなく、書に用いるときの筆と考える方が何となく自然な気がする。
ちなみに『櫻姫譚』は千葉皓史の装丁。クリーム色の表紙に薄いピンクの帯が美しい。
記:柳元