夜化  丸田洋渡

 夜化  丸田洋渡

台風の美的接近すさまじく

時止まりやすく金木犀へ鹿

しならせて弓にした腕冬の雲

氷らせる手を持ちあるく氷鬼

はてしない印刷室に蛸がいる

泣くミシン黒地に雪の色の糸

オルゴールある家あるべくして芒

鍵盤や雲のにおいを冬の犬

遺伝の木飛行機は電気も使う

雲核に雲あつまってきりたんぽ

目薬に目を近づけて霜柱

木造の猫にねむりや冬の川

丈夫な竹垣おもしろいつくりの星座

逗留に山茶花のつづきを歩く

蛇に鬱くるかも炎える木に木と木

見心地の良い氷山全壊の夢

書き終える雪の密室とその他

筆やすみ硯の海に浸かる雪

冬の池心を使用する会話

電源は遠いところに白椿

雪産めば雪もまた産むかといえば

梨の無い冬のテーブルにて昼寝

杳として蝋燭を減らすのは誰

筍や銀色の銀行に行く

菜箸も天ぷらになる春の油

辛夷確かに死は白の印象がある

退屈で塔たてる桜いろのドミノの上

一旦は麻酔の躰フリージア

塵みちる春 棺には向かない木

はしらせて朝の夜化を車から

 

花粉風雨 柳元佑太

花粉風雨   柳元佑太

大江健三郞、三月三日に死去せりと聞く 四句

花粉症酷き一と日や大江死す

獨學者現(うつつ)を花粉風雨(くわふんあらし)とす

稀に背筋伸ばせり春風のサルトル

伊豆も又た春の風雨か書齋閑(くわん)

大江に〈そして歸ってゆかなければならぬ/そこからやって來た暗い谷へと〉(『新しい人よ目覺めよ』)といふ句あり、澁谷も谷と思へば 三句

梅の夜の谷底暗し澁谷驛

吾が鄕は雪解盆地ぞ不得歸(かへらざる)

都市かなし何時まで春の麵麭祭

於 代々木公園 三句

太陽(ひ)は無垢を下界に給ふ大江の忌

百千鳥都市の夜空は弛緩せり

植物に自慰なきあはれ春の散歩(かち)