母と海もしくは梅を夜毎見る 岡田一実

所収:『記憶における沼とその他の在処』(青磁社・2018)

日が落ちて夜のとばりが降りる。母を連れ立っての夜の散歩には二た通りの道がある。一つ目は海を見に行く道。二つ目は梅を見に行く道。その日の気分や体力、天候条件などが母子の散歩のルートを決定する。すっかりルーチン化した行程は特に母子に感慨をもたらすこともない。しかしそこには習慣しかもたらす事の出来ない美しい静寂がある。家を出て、歩き、家へ戻る。むろん若干の会話はあるのかもしれないが、二者の成熟した関係性の落ち着きは静寂を損なわない。互いに抱いていたわだかまりは長大な時間が溶解させた。互いを老いゆくものとして意識したとき、母子関係というよりもひとりの個としてお互いがお互いを見つめ直す。

——そんなことがあったりなかったりする夜の逍遥である。道のりの途中には夜の海辺に打ち寄せる波音が待ち受け、あるいはともすれば妖艶にも見える梅の花が香りを放っている。春が来ている。構成的にも見える、冷徹な手つき、修辞の充実にも一言触れねばなるまい。

岡田一実氏は第四句集『光聴』を上梓されるとのこと。2021年3月25日発売。版元は素粒社。

記:柳元

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