旧作30句 平野皓大
読みさしのままに一日や涅槃雪
蜜を吸ふ蝶にとぼしき花の幅
山ざくら鳶まつくらな目を瞠る
虫喰ひに指をあてがふ青しぐれ
さみどりの香水が瓶かたつむり
海に雲きのふの飯は饐えゐたる
うつすらと息づく蛇を葉擦れとも
夏みかん貧しき頬をふくらます
流鏑馬や弓は肘より張りつめ来
炎帝の靴を焼べたる火の国か
天草にわたる橋あり夏日あり
天草やからから干して蛸通り
来よ来よと象が鼻うつ夏野かな
雲へ鳶刈田は音のとほりみち
月の肌艶やかに雲はざまかな
手に芒あれば日が暮れ膝小僧
虫籠や昼のつぺりと隅田川
船頭や波に捨て菊ただよひ来
捨つる湯に熱のすこしく菊枕
思ふとき汽車に乗りたる夜火に雪
寝不足の手に蓬莱のさみしさは
島国になにはともあれ初日かな
鰤釣や曇の越後をゆらぎ見る
返り花とは一息の呆けなる
冬ごもり庭に出るさへおそろしく
天平の氷柱に音のありさうな
鑑真がまぶたに透かす冬日かな
傘あげて傘を通せり成人日
籠り髪くるくる風邪の神とゐる
ノストラダムス忌ここらは海にあらざりき