庄内旅行記 記:丸田洋渡
紀行文というものを私はあまり書いたことがない。それは、書けないからではなくて、書こうとすれば無限に書き出してしまうと確信をもっているからである。/今回、私が旅行記を担当することになったが、いかに”書かないでいられるか”に注力して臨みたい。それでも書いてしまうものは何か、私も私の手に期待している。
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3月27日
・退勤→帰宅→入浴→支度→電車。新幹線で秋田駅へ。夜のうちに隣の羽後牛島駅へ行き、ネットカフェで原稿を書きながら夜を越す。咳払いがうるさい客がいると思ったら店員だった。原稿は遅々として進まず。
3月28日
・6:47発の羽越本線で酒田駅へ。8:51着。海の匂いがする。


・(右の写真の)「山形日和。」とは。
・12時酒田駅集合予定。/レンタカーを借りに行く。店員さんに「水族館がプレオープンしたらしいですよ」と言われ、プレ? と思う。
※以下、私の普段の呼び方とは異なるが、日記上の都合で他三人を苗字のみで記載する。
・柳元から連絡。寝ぼけて、夜行バスで手前の鶴岡で降りてしまった上にヘッドホンを置き忘れたとのこと。タクシー等を使用して何とか回収したらしい。
・とりあえず柳元と合流するため、土門拳写真美術館へ。


・戦時中の飛行訓練の少女の写真が心に残る。/建物自体が美しく、どの角度も画になる。谷口吉生の設計、勅使河原宏の前庭、ともに素晴らしい。/柳元と合流。
・吉川から連絡。前日の仕事と夜行バスの疲労が重なり、”午後からの旅を楽しむために”ネットカフェで昼まで睡眠を取るとのこと。
・10:20 流れで、近くの酒田美術館へ。改修に入るため4月から長期休館とのことで、滑り込みで見られて良かった。森田茂の黒川能を扱った油絵は奇妙な迫力があった。


・山居倉庫へ。庄内の米を保管しておくための倉庫群。/つい先日、アメリカとイランをめぐって起きている戦争の中で、テヘランのゴレスタン宮殿が攻撃を受け損傷した。目で見える文化を残すことの意味や価値を想う。
・”鵜飼は、実はカワウではなくウミウを用いている”という話を柳元から聞く。鮎を獲るための鵜を獲ってくるという複雑な行為。
・お土産屋さんに、コロネくらい大きな麸が売られていた。
・昼。酒田駅で合流。/平野は前泊しており、新潟付近の温泉宿にいたとのこと。ラーメンを食べたがっていたのでラーメンにする。

・「花鳥風月」というラーメン店の本店。自家製麺のちぢれ麺で、あごだしの醤油が澄んでいた。ワンタンの肉と海老、チャーシューもそれぞれ活きが良かった。/柳元は今回の旅において、このラーメンが美味しかったと最低でも10回以上は言っていた。そのたびに、三人で同意した。


・少し北上して出羽三山へ。/移動中、いちいち最上川がきれいだった。
・道中、柳元が”グミの魅力が分かっていない”と言うので、グミが得意な平野を中心に三人でオススメしたところ、ちょうど近くにドラッグストアがあり、そこで4種類くらいのタイプの違うグミを購入して食べ比べることに。彼にはタフグミが思いのほかハマったようだった。
・13:40 到着。早速羽黒山を見に行こうと思ったが、文化を何も知らないよりは知ってから見た方が良いのではという話になり、近くの〈いでは文化記念館〉へ。/法螺貝試し吹きコーナーがあり、平野が挑戦するととぎれとぎれのジャズサックスみたいになる。柳元は過去のトロンボーン経験が活きて一発で音が出て館内に響き渡る。


・その後国宝である五重塔を見に行く。杉林の林冠が混んでいるから、光が届かず、思った以上に雪が残っていた。/単純に建造物として計算して作った方々の実行力が素晴らしい。/その隣にあった天然記念物の樹齢千年以上の「爺杉」。一瞬名前がスラングかと思う。/登山はせず早めに道を戻ると、滝つぼの傍で、小島よしお的な妙なポーズをとって写真を撮っているグループがいた。記念館に先に寄らなかった場合こうなるんだなと思った。


・羽黒山を去り、酒田方面の海向寺へ向かって移動。/車でBluetooth接続した音楽を聞く。車内で誰かといるとき何の曲を流すといいかについて、好みが異なるうえ癖のある四人なので、話が膨らむ。吉川のハロプロ良曲説明タイムが入りつつ、模範解答はスピッツということで話が落ち着く。
・15:50海向寺着。即身仏が二体安置されている。16:00までということだったが、15:50になんとか滑り込む。/ガイドの方が背景を説明してくれる。私たちの他に、夫婦(海外の方)、男性二人(民俗学に興味のありそうな青年)がいた。海外の方に合わせるため、ガイドさんがポケトークを使用しており、即身仏の説明を日本語と英語で交互に聞いた。/どこまで書くか悩ましいが、一部スピリチュアルに偏った説明がなされた部分があった。私たちは懐疑的にそれを聞いていたが、男性二人組はむしろ食い入って聞いており、質問コーナーで五連続くらい質問した後でこちらの方を振り返り、「みなさんも無いですか、質問」「俺まだ三つくらいあるんだけど」と言ってきた。/大丈夫です、と断って、私たちはゆっくり後ろを通ってその場を後にした。


・すぐ外に広がる街並み。かつて坂の上で育った吉川が、”なぜか高いところから街並みを見晴らすと、ここで育ったなあ みたいな気持ちになる”と言い始める。最初は笑ったが、確かに、私も海の近くで育ったから、全国各地の海を見るたびに過去を思い出している気がする。
・海向寺の傍にある日和山公園に寄る。この灯台は日本最古級の木造六角灯台らしい。
・少しずつ日が傾く中、湯野浜のホテルへ向かう。チェックインを済ませ、7階に荷物を置きに行くと、窓がたいへんなことになっていた。

・17:13 歩いて湯野浜海水浴場へ。/砂浜の上には車の轍があり、波打ち際のすぐ近くでバーベキューをしている家族がいる。その炭の匂いが広がっていた。/ラインもルールも無いビーチバレーでぐだぐだ遊んでいるカップルもいた。/私たちは吟行旅行で海に行くことが何度かあったが、いつも、行ってわいわいと遊ぶわけではない。それぞれが景色を見ながら俳句を考えてうろうろしていて、基本静かである。じゃあ今から作るために散りましょう、とスタートを決めることはなく、行けば四人とも漫ろに動きだして、考えたり考えなかったりしている。それを私はとても心地いいものとして捉えている。/私は、俳句を考えてもいたが、それよりも、良い貝殻はないかと探し歩いていた。4つ拾った。ひとつは、変な色の変な形をした石で、それを見て平野が「(指の)第二関節(の骨)みたい」と言ってきて、いまいち共感はできなかった。/波が太平洋のように穏やかだった。


・ホテルに戻り、入浴。休憩スペースに漫画が置いてあり、それが『黒子のバスケ』、『ニセコイ』、『花のち晴れ』、『FAIRY TAIL』、『七つの大罪』、『ハイスコアガール』、『ドメスティックな彼女』、『東京喰種:re』、『20世紀少年』と絶妙に同世代付近で、ゴルゴ13とかこち亀とかを予想していたから、むず痒い気持ちになった。/露天風呂には猫がいた。
・19:30 晩御飯(バイキング)。/食べる部屋に通される前に待ちスペースがあり、ある子どもはお金を入れていない状態でワニワニパニックのハンマーを叩きまくっており、ある大人は卓球台の前で”昔卓球やってました”風の素振りを続けていた。


・ホテルの概観や内装から、適度なバブル期の名残を感じていて、晩御飯がどこまで期待できるかと思っていたが、想像の7倍は豪華だった。山形と言えば芋煮だと思っていたため、ここで食べれて良かった。カンパチの刺身、あら煮、カニの味噌汁、甘草・ばんけ(蕗の薹)の天ぷらが特に美味しかった。柳元はひたすら蟹を食べており、吉川はもう終わったかと思えばカレーを取りに行く勝負強さを見せた。
・子供が「マグロマグロ♪」と言いながら小走りして皿に盛っており、それを見ている親の顔が笑っているのが見えた。幼い頃の旅行って記憶に残るからなあと思った。嬉しそうにしている光景を見ているだけでなぜか泣きそうになった。
・食後しばらくして、アメニティを取りにフロントに降りていくと、近くの部屋にカラオケルームがあるのか、全くピッチの合っていない吉井和哉「HEARTS」が大音量で響いていた。
・朝早くから各自動いていたこともあり、夜に何かゲームや句作をするということはなく、平穏に寝た。
3月29日
・起床後、朝食のバイキングへ向かおうと歩いているときに、私がひとつ重大なミスを犯していることを思いだす。/2日目は飛島へ定期船で向かう予定であり、それは前日までの予約が必須だった。分かっていたがつい、失念していた。電話で確認しようと思ったが電話の受付時間は10時からで、船の出発は9:30。行って懇願するしかないか……と思ってやや落ち込みかけていた。/しかし、よくよくサイトを見てみると、3月26日にエンジントラブルが発生してオーバーホールするため長期休航が見込まれる、とのニュースが書かれていた。27からは代替の船が確保されていたが、”貨物”と書かれていて、観光用の方は再開未定となっていた。

・トラブルがあっても、他の可能性を立てて楽しむことができる人が4人集まっているから、あまりにも悲しいということはなかったが、やや残念という気持ちになっていた。それを晴らすかのような朝ごはんだった。/晩御飯ほど豪華というわけにはいかないが、サラダも和も洋も美味しかった。
・部屋に戻り、旅程を考えながら過ごす。/昨日平野が買っていた元禄餅を食べる。わらび餅くらい柔らかくて非常に美味しかった。柳元はそれに合わせてお茶を飲もうと、湯を沸かして淹れた。/しかしそれがふつうのお茶ではなく、「きのこ茶」と書かれていた。柳元はきのこが苦手らしく、じゃあ他の私たちがと思って匂いを嗅ぐと、お茶の名残は一切なく、きのこそのものだった。もはやお吸い物だった。卵焼きに混ぜたら美味しいだろうなとだけ思った。
・10:00 とりあえず近場の由良海岸へと向かった。加茂水族館は休館日だった。


・由良海岸は日本の渚百選に選定されており、遠浅で穏やかだった。いかにも春の平らかさだった。/浅いところは海水が透きとおっていて、海藻が揺れるのをはっきり見ることが出来た。透明で美しかった。/松島のように赤い橋で繋がっているのが白山島で、そこに白山神社がある。
・「本殿参道は二七〇段の大変急な階段となっており、」とあり、入口十数段はかなりなだらかなコンクリートだったことから、軽薄にも登ってしまった。あまりにも急な階段で、二七歳の私たちにはそろそろきつい階段だった。



・下りが怖かった。下り終わる寸前で、今登ってきた親子とすれ違った。すると子どもがたった十数段で「しんどーい」と言っていて、母親が心配そうにしていた。丸田・柳元は感知しながらも敢えて無視して通過したが、吉川は”そういうの”には絶対一言伝えてあげたくなるエンターテインメント精神があるため、「まだまだこれからですよ」的な、先達としての応援をしていた。
・由良海岸を発った後、高速道路で北へ向かう。



・運転中はひたすらに景色が良かった。途中で風車のすぐ横を通るところがあり、静岡の御前崎灯台を見に行ったときを思いだした。”壮大”というのは人間にそれなりにインパクトを与えるものだなあと改めて思う。
・12:00 道の駅鳥海ふらっとへ到着。かなり混んでいた。朝が豪華だった分、昼はそれぞれ好きなものをフードコート的に食べた。/平野は蕎麦を食べたあとアイスクリームを食べていたが、なぜかコーンの下にコーンがあり(従業員のミスと思われる)、困惑している様子が面白かった。
・13:00 そこからすぐ近くの、荒磯海岸付近にある「十六羅漢岩供養石仏群」を見に行った。確かに十六あった。


・もし強風が吹いている日本海なら、あんなぎりぎりまで石仏を作ることはできないだろうと思う。込められている念や思いよりもまず、羽黒山の五重塔然り、作る人の気概や執念に驚く。

・14:00 近くのお寺・永泉寺(ようせんじ)へ。曹洞宗の寺。有形文化財の石造九重層塔がある。杉林のなかは驚くほど静かで息をのんだ。町指定天然記念物のトラノオモミ、桜の一部と、椿、キクザキイチゲが咲いていた。中庭の石庭と、入口の仁王像は立派で素晴らしかった。仁王門の格天井(天井の造作の一つ)もまた美しく、そういえば海向寺にも同様に格天井があったなあと思う(あちらは真言宗)。



・その永泉寺に入っていくときに、寺の中から犬が鳴いていて、(おそらく久々の観光客である私たちに)ちゃんと警戒心をもって吠え続けていて、それを寺の方が叱りつけていた。「鳴くな」的な。/囃しにきてすいません、と思いながら、帰りに車に乗り込もうとしたとき。運転手である私が最後にドアを開けて入る寸前、少し遠くで焚火か何かをしている寺の方が棒立ちでこちらを見ていて、何か嫌な気配を感じた。その人の傍にはさっきの犬がいる。2秒ほど目が合ったまま、車に入りあぐねていると、「コラ!」の声と同時に、犬が全速力でこちらへ駆けてきた。距離はおよそ20m。黒くて、小さい犬だった。/私は逡巡して、車に入って犬を無視することよりも、犬に攻撃されることを選んだ。犬が小さいからきっと耐えられる、そして車がレンタカーだから傷を付けられて修理になると怖い、と思った。/きれいなフォームで駆けてきた犬は遠慮なく私の脛のあたりを噛んできて、おー噛んでるなー と思った。ジーンズだったことも功を奏して、歯はほとんど貫通せず、軽い圧だけを感じた。寺の方が遅れて私の近くまで来て、「すいませんほんとに」と言ってくれる。私が「全然大丈夫です」、「(その子はちゃんと門番として活躍していて)良い犬ですね!」と声にする頃には、もう私の方は無視して、犬に対するお叱りモードに入っていた。/寺に行って犬に噛まれるという経験が私の中で1増えた。
・15:30までにレンタカーを返却するようになっていたため、酒田へ戻る。
・それぞれ、柳元・平野は酒田→庄内空港から飛行機、吉川は新潟まで移動して新幹線と散るため、お土産屋さんを見て回った後、帚のスケジュールを確認しあって、解散した。
・一番早く離脱したのが吉川だったが、改札前で手を振った後、通過後にもう一度振り返るかと思えば振り返らず、柳元が「振り返らないタイプだ」とツッコんでいた。私が、「信頼しているからこそ敢えて振り返らないというパターンもあるよね」と、誰に対してでもないフォローを入れた。
・私が一番遅く酒田を離れるため、柳元・平野をバス停まで見送った。さっきのことがあるから、手を振って分かれて十数歩歩いてからまたわざとらしく振り返って手を振った。
・その後、私はお土産を買い、気に入った小物を購入した(サクランボのキーホルダー、ラフランスのマスキングテープ、山形のつるし雛の飾りの小鞠)。
・16:30 酒田駅を出発し、秋田駅まで羽越本線で向かう。

・旅のつかれもあり、うとうと眠りに落ちていたとき、向かいに座っていた高校生が騒いでいて目が覚めた。何事だろうと思い車窓を見ると、一面海で、17:49-17:56の羽後亀田~岩城みなと駅付近でちょうどまんまるの赤い夕日が落ちているところだった。見たところ観光っぽくも無かったから、海沿いに暮らしていても夕日に感動するとは良いことだなと思った(海沿いで十数年暮らしていた幼少の頃を思い出しつつ)。高校生は「ねえなんでこんなに赤いの?」と繰りかえしつぶやいていた。
・秋田に到着。続けて19:10発の新幹線に乗り、盛岡へ移動しているとき。/Instagramで、旅の写真をいくつかストーリーに上げていたところ、小学6年のときの担任の先生から突如ダイレクトメッセージがあった。それが、「由良に来てたんですか?」という内容だった。/まず小6から15年くらい経っているから、よく私の存在を覚えていたなと思ってその感謝をした。そして、由良は由良でも山形なんですと答えた。私の故郷である愛媛県愛南町には「由良半島」という場所があり、それと勘違いしている。今回のは「由良海岸」。/先生も「今、気が付いた 日本海なのね」と言っていた。確かに、間違えそうなくらい、海は穏やかだった。
近況について少し伺った後で、「返信は良いから、旅を楽しんでね」という旨の言葉をもらった。実は旅は終わったところなんですよ、とは伝えたが、流石に小学校のころの先生に言われると、人生の旅と重ね合わせてしまう。名前も、お世話になった記憶もまだまだ覚えているから、変わらず良い人だ と思った。

・盛岡に着いた後、また電車を乗り継いで、当日のうちに帰宅した。この貝殻たちは本棚のおともの瓶のなかに入れる予定である。
3月30日
・朝 出勤。
・夕 帰宅。おみやげの整理の続きと、レシートやもろもろを確認していたとき、そういえば昨日先生と話したなと思って、細かい部分を忘れたからもういちど見直そうとInstagramを開くと、まさかのメッセージが消滅していた。私が詳しくなくて押し間違えたからなのか、先生が気を遣ってそうしたのかは分からないが、いつの間にか24時間でメッセージが消える機能がオンにされていて、2ターンくらいの会話が消えていた。今までこんな機能を使ったことも、こんな機能があることも知らなかったから驚いた。/ただ、本来記憶というのはこういうものだよなとも思った。跡形が無くなっても、別のところで記憶している。それが完全でなくても全く問題はない。/帚の彼らとの付き合いや旅行はもちろん、私自身の旅もまた続いている。ベタだけど、そういう日常の肯定をしてみてもいいような気分になった。
・夜:旅行の俳句を作り始める。
(おわり)

