鯉におしえられたとおりに町におよぎにゆく 阿部完市

所収:『軽のやまめ』角川書店 1991

 なめらかで不思議な句。鯉とそういう関係を結べていることがまず面白い。鯉に教わった「とおりに」行くくらい素直で従順なら、せっかく泳ぎ方を教わったんだから、鯉と一緒に泳げばいいのにと思うが、そうはせず、ひとりで町に泳ぎに行く。あくまでプライベートは別という教師と生徒のような距離感がある。恐らく教わったのは泳ぎ方だろう、だとすれば「町をおよいでゆく」くらいしたい気もするが、あくまで人間で、ちゃんと泳げる場所で泳ごうとする真面目な主体。読みようによっては色々考えられる(主体が人ではなく鯉以外の魚かもしれない)が、主体の愛おしさは変わらない。大きく定型を逸れているが、助詞「に」の連続や平仮名の多用から、ゆるやかに句自体(内容も、文字も)が泳いでいるような感覚がして心地が良い。これまでの時間と、今、そして泳いでいる未来が透けて重なり合っている、非常に印象的な一句である。

 阿部完市には動物の句(鮎や狐など)が多く、主体と微妙に距離を取って描かれる。童心を基にした動物とのさりげない信頼のようなものに、いつも惹かれている。

記:丸田

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です