Not me. Not you.  吉川創揮

Not me. Not you.  吉川創揮

 『ドライブ・マイ・カー』監督:濱口竜介を見て 十句 

  弔いは続く残雪山模様

  再生のざらつき如月磁気テープ

  北開くずれて包帯のゆらめき

  薄氷やこの声はそう私宛て

  秒針を脈拍の追う月日貝

  首筋に触れる言葉や針供養

  輪唱は引き続き波は三月へ

  抱き合えばその輪郭の春夕焼

  落し角手話のあなたは即わたし

  春風が煙をそうする発話する

人だかり 平野皓大

人だかり 平野皓大

春は地図赤ピン立つてそこは海

銀杏にかかりてたわむ凧の糸

ぶらんこを押す父親のよそ見かな

夏蜜柑手押しポンプも街も残る

のどかさに人だかりあり馬賭博

大試験迫るかかとをそろへ立つ

春の夢唇に塗らるるもの苦し

遍路よりさらに大きな回りもの

鋸のあとおにぎりや花の雲

裏をかへして一枚の卒業証書

Inside out  丸田洋渡

 Inside out  丸田洋渡

蚊と蝿と居合わせている胡椒瓶

聖と鈍行 雨でステンドグラスが窓

戦争間近ミルククラウンの反転

雪あやうく恋の不思議が死に到る

十二階から光らせている裏表

夕焚火黒目と白目使いつつ

発熱の炬燵の上にあるお粥

花札を知らず知らずの猪鹿蝶

火と祝福 考えていることは同じ

四季八季口開く抜け殻が蛇

間拔獺讚  柳元佑太

間拔獺讚   柳元佑太

四方八方【あちこち】に魚祀りけり獺【をそ】の村

絕滅の獺の祭を見に來しが

微よ風に假眠る獺や祭笛

間拔獺祀りし魚を忘れけり

獺も又た酒神もてる祭の日

夕暮の獺の祭の小盃

祭獺愛し合ふとき靜電氣

天體や氣海を充たす獺祭

巨き獺來て人間を祀らむや

獺の喪を修す獺祭てふ酒に

出目 平野皓大

出目 平野皓大
 
あるときの船尾に冬の日がつのる
人波のほうへ甍の千鳥ども
     *
双六の出目にまかせるあそびかな
日向ぼこ芯を抜かれてゐるごとし
熊穴へ入りてなにかしらをかかへ
     *
大群の柳葉魚のまがひものである
     *
かずのこの粒のからまる痰を噛む
垂らされてゐる照明におでん待つ
手を出さずして綿虫を求めたる
すかす屁に肚のしまりや雪礫
     *
紫の座り踊りのちやんちやんこ
あゆみ来る紙のふぶきの雪女
     *
鰭酒のみるみる冷えて鰭が浮く
枯蘆を横目にさはさはと言ひて
     *
春を待つ双眼鏡に目がふたつ

凍蝶旅團  柳元佑太

蝶旅團  柳元佑太

百貨店(でぱーと)の柱の卷貝(かい)よ雪豫報

孤獨とは島嶼(しまこじま)なれ沖に鮫

    ※

冬空を旅(ゆ)く一と筋の花粉粒(かふんりふ)

氷るものなき蒼天(あをぞら)や猶ほ氷る

人住めば有穢や凍蝶旅團なす

流星の冷たく火(も)えて土龍の死

    ※

山茶花や群衆(くんじゆ)の糞を菌が喰(を)す

    ※

冬の僧獨り星閒徒涉(かちわた)る

僧乘せて飛ぶ座蒲團(ざぶ)もあり冬銀河

月の光暈(はろ)凍てをり猫の艶天與

    ※

寢て覺めて鼯心地(むささびごこち)ひた滑空(すべ)る

寒き大氣が月光を濾過すなり

科學寒し人類既に月を步(ほ)し

    ※

繪を颯と視枯蘆原と云ひしのみ

天充たす雪の氣配に樹樹騷ぐ

明晰に禽影走る雪の上

雪の日の地平の山の蒼げむり

    ※

雪蒼く降り込みゐたり舊象舍

冬の太陽(ひ)の熱拜む鳥獸蟲魚

水枯れて葉書は葉たること忘却(わす)れ

カラマーゾフ的 吉川創揮

カラマーゾフ的  吉川創揮

  兄弟の会食霙から雪へ

  ペーチカや夢に蒸し返される罪

  北塞ぐ故郷は墓を残すのみ

  密室を開く証言毛糸編む

  冬薔薇愛は跪かせる凡て

  接吻に触れる鼻息・鼻・雪

  雪に日の燦を私にあなたを

  冬帽を胸に伏せ立つ色欲も

  いろいろに紙幣美し破り捨てむ

  なんらかの塔欲しき水涸れの景

  人助けの気分は吹雪く只中に

  差し出せば大きく頼りなき葱よ

  着ぶくれの天使飛び降りの現場に

  罰の皮膚感覚たしかな冬の水

  枯園やかしこき人と話少し

  曇り日の川の表面山眠る

  十二月葬式で友だちになる

  枯蟷螂一神教の言う「あなた」

  思い出のために見てゐる冷えた窓

   夢は片割れ氷溶けはじめる頃の

妖/宴  丸田洋渡

 妖/宴  丸田洋渡

聖と俗 瓦斯灯に朦朧の川
灰神楽長い廊下は家を離れ
宴にはあやかし甘やかし寄鍋
酒と鶴 い 胃の中で渦になって
戸惑いながら牛鬼を食い終わる
がしゃどくろ眼になりそうな月は空に
時の砂へ時の光が葛の葉裏
一瞬の鵺の感電死と蘇生
電球の巧みに点いて懐手
すこしずつ氷雨が天むすの天に

燭光をかなしみの目目連に
人間が障子の向こう側に居る
占いは全て的中瓶の雲丹
人よりも言葉進んで天狗に風
ポインセチア奇岩ならべて岸に波
そよ風に遺跡を透視する
流星群草の夜には竪琴を
惑星に鷺と排水溝あれぱ
落日の烏は暗号のように
宴・蜜月・夢みるほどに強い酒
耳朶に鉄の冷たさ塔跡地

唐傘に一本脚その下駄の雪
打鐘・暖簾に・腕押し・腕押し・夜の鼬
うどん〈冷〉そば〈温〉あと少しの揚げ物。
効くまえに毒の宴の皿いくつも
顔のない風が竜巻まで太る
薔薇を巡る戦争をしてみたかった
まぼろしの凍るヘリコプターの羽根
色んな丘へ色んな傘を置いてきた
羚羊は石碑で苔の詩が読める
くるみの木差し障りない話して
呪いとは口偏ブロッコリーの花

妖精に骨いくつある雪時雨
衣擦れの音が増えスノードロップ
孔雀にも湾のよろこび眠りの雪
雪煙こんな壺にも発情期
火のなかに腕ひとつずつポーチュラカ
つらら生る幽と妖とを併せもち
水面に二輪馬車ある天井画
雨に酔う爽の公園竜舌蘭
鬼と篝火なつかしい宿を囲んで
水瓶の零れをめぐり甲と乙
剣/骨牌/スローモーション/骨牌/剣

亞 月の洞に二匹は弓なりに
妖と艶やがて一つになる踊
蝸牛から扁桃体へのお手紙。
光度輝度あらゆる文字が目に入る
光あつめて硝子の花緒硝子の中
つぎつぎに月迫り上がり宴の旬
見たことのない螺子締めて百年後

天 吉川創揮

天  吉川創揮

  大いなるひとさし指の陰は秋

  音楽や鹿と日向の偏在す

  木倒すに遣ふ時間を秋のこゑ

  虫売や月はみんなの落とし物

  天のかく高きに道を外さるる

  秋まつり精神いくつ行き違ふ

  さざなみの醤油に寄する曼珠沙華

  秋茄子や遺産の山の有り余る

  目もまた穴もみじ落葉の溢れそむ

  冬帝の訪ふは煙たく光る街

亡羊  丸田洋渡

  亡羊   丸田洋渡

ここに、十七枚の絨毯がある。

     ○

獅子奮迅電車を狂わせる電気

雷は埃へと書き変えられた

電子書籍に電子の栞ふかく差す

アルパカのプロトタイプを消しに行く

カーテンに届きつづける風のデータ

電気羊は甘い電気を夢みている

光っては翳って自動販売機

角砂糖崩壊その他もろもろも

     ○

多岐亡羊あらゆる夢に煙がのぼり

白鳥を侮る勿れ夢なら尚

なれるなら既に夜景になっている

春楡と送電塔が障り合う

牢にいて時もてあまし空を動かす

水ようかん雲粒がまた雲を見せ

天で止まらずエスカレーターの爽

神の池なら神が釣れるね七竃

天国に好奇心は要らない。

雲海に置き去りの卵がひとつ。

     ○

哲学が鳥呼んできて杉の舟

ながれる月日澄んだ眼の彼の猟奇

一頁目の見取図や金盞花

毒と麵麭 寝そべって本よんでいる

半神の脳くたびれて黄いろい風

水の建築すると眺めている方へ

手術刀すべらせる硝子のこころ

律動的・魔的・心的・甘美的

文机がゆっくりと雪田になる

霧にかげ冬の巨人は目隠しして

     ○

晴れている宝石通り過剰眩惑

ルビー・サファイア・翻訳家・エメラルド

電飾の麒麟麒 真暗闇の麟

消えるより消す方が楽奇術とは

〈火の薔薇〉を〈帽子と鳩〉に差し替える

湯のように湯が見えてきて露天風呂

牡丹なら椿で倒すカードゲームは奥が深い。

眼のみならず躰を凝らして見えてくる舞

草原は時間を鹿で解決した。

明後日が一昨日になる棒高跳び

時のかがやき惜しむらくは名優の死去

     ○

亡羊や雪はいつもどおり冷えて

亡びる都市みどりの安楽椅子に腰掛け

蜂の発光死の寸前は蜂以外も

雪の城スノードームの中で壊れろ

火まみれのチェロ抱き抱え綿の熊

雹のbeat霰のrhyme椿の国

月呼びがちの風変わりな笛吹きと遠出

     ○

翌る日も雪の箝口下の広野

いない羊に魘されている。

鈴を揺らせば象はまどろみ電気が通る

*麺麭(パン)、翌る(あく-る)、箝口(かんこう)、魘されて(うな-されて)、鈴(ベル)