誰かまづ灯をともす街冬の雁 飴山實

所収:『少長集』(自然社 1971)

歴史の上に営まれる生活は金沢の空気を繊細にする。金沢という容器のなかに個々の生活があるのではなく、一人ひとりの生活が金沢という街を作りだしていく。そんな街と人の一体感が掲句にも伺える。灯をつける者は誰でもよい。誰か個人の意思ではなく、街の方から灯をともすように誘いかける。誰からともなく灯はともされ、うす暗い冬の一日は終わる。街が語りかける一瞬を掲句はとらえる。そして土地と生活が一体になった街の上を雁が通りすぎていく。曇りどおしの旅になる。もしくは雨も良いだろう。生活の温度を伝えるような灯のほてりと雨に冷やされた雁の対比は艶めかしく、しかし下品になることはない。先日、金沢の往来を歩き、飴山の句を肌に感じた。句ざわりと金沢の空気感が見事に一致するのだ。音の聞えるほどゆっくりとした時間が街を流れ、訪れる者を優しい気分で包みこむ。飴山の言葉はあの悠久な時間を伝えるために費やされている。

記 平野

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